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ポストコロナの新しいモード「働く者ファースト」の社会に向かって

神津里季生・山口二郎の往復書簡(11)「雇用と生活保障のセーフティネット」確立を

神津里季生 連合会長

立憲民主党の結党大会で党執行部らと手を振る枝野幸男代表(中央右)。左端は泉健太政調会長=2020年9月15日、東京都港区

往復書簡・コロナ危機と政治 神津里季生・山口二郎

 先日の山口二郎先生からの書簡(「今までの政党合併とは明らかに違う新『立憲民主党』の結党」)では、合流新党と連合との関りについて肯定的かつ積極的な評価をいただきました。「合流新党は100点満点で90点」との記述もありました。正直言って、この数カ月のえも言われぬ苦労が「心身をすり減らす」ものであっただけに、ひととき気持ちがなごむという久しぶりの感覚を得ることができました。

 しかし、率直に言って「100点満点で90点」は、私自身の立場における今の実感とはちょっと違うという冷めた感覚もぬぐえません。

 もちろん先生の採点は、“お世辞”といったものでないことは理解しておりますし、書簡全体の文意を疑うような失礼な気持ちは毛頭ありません。ただ、90点であれば得られているはずのスッキリ感を、私自身がどうしても持ち得ないのです。それは、取れなかった10点の意味が、現時点では「たった10点」ということとは異なっているからなのです。

政治の世界のこだわりと民意とのギャップ

 先生には、私の言わんとするところは、おわかりいただけると思います。テストでいうならば、他の設問には苦労して頭をひねり、なんとか回答できたのに、得意分野と思い込んでいた問題がどうしても解けない。想定外の時間延長もあったのに、それでも解けない。結局、最後は時間切れで、不本意な答案用紙を提出せざるを得なかった。得意と思っていたのは私の思い過ごしであった。今回起きたのは、そういうことでした。

 それでも、私だけが悄然(しょうぜん)として済むのであれば、それはそれで構いません。そんなことは人生でいくらでもあったことですから。しかし問題は、100点であれば得られたであろう、「政治構造」の変化への期待感が、今のところ、政治をよく知る一部の方々にとどまってしまっているということこそが、なによりの痛恨事なのです。たった10点の違いで、今回の一連の事柄の世の中への見え方が、大きく変わってしまった。

 もともと私は、世の中の大半の有権者にとっては、立憲民主党も国民民主党もたいして違う存在とは受け取られていなかったと思っています。最大の特徴は、同じ民主党だったはずなのにお互いの仲が悪いということ。そして両党の支持率の違いは、世論調査の設問でいつも先に聞かれる党名だから、立憲民主党の方が高く出るだけ。親しいメディアの人に、この説を聞いてみたら、当たらずと言えども遠からずという反応でした。

 いろいろと騒いでいたが、終わってみればなんのことはない。二つの党は党名も代表も変わっていないではないか。やっぱり野党は変わっていないな――。世の中には、そんな見方が残ってしまっています。政治の世界のこだわりと民意との間のギャップはいかんともしがたい。それが、痛恨の90点と言わざるを得ない所以(ゆえん)です。

連合はなぜ政治に関わるのか

 連合に寄せられる労働相談の件数は依然、前年を大きく上回っています。コロナショックによる影響は、有期、契約、パートタイム、派遣で働く方々やフリーランス等々、普段から弱い立場にある人ほど大きく、多少ゆるみがみられる世の中の雰囲気とは裏腹に、さらに懸念が高まっているのが実態です。連合としては、長年訴え続けてきた「雇用と生活保障のセーフティネット」を、早急に確立しなければなりません。

 ここで強調したいのは、命とくらしを守るセーフティネットがわが国ではあまりに脆弱(ぜいじゃく)であることが、コロナ禍のもと、あらためて浮き彫りになっているという事実です。連合が新たな船出をした立憲民主党と「共有する『理念』―命とくらしを守る『新しい標準(ニューノーマル)』を創る―」を締結したのは、こうした危機感がベースにあります。

 もちろん、私たち連合は「働く者本位」の政策を実現するための存在ですから、先生もご承知のように、野党の応援だけをしているわけでは毛頭ありません。結成以来、政府はもとより、自民党をはじめとする諸政党に対しても働きかけを繰り返しています。一国を代表する「ナショナルセンター」としては、どこの先進国でも当然行っていることです。

 ときに、「野党の支援などやめて自民党に絞れば、要請ももっと受けとめられるのではないか」という声をいただくこともあります。そのような路線変更をしても、多くの連合の組合員には当面、なんら支障は生じないでしょう。産業政策などは、むしろよりダイレクトに政府・与党の政策に届くという印象をもたれるかもしれません。いっそのこと、選挙はすべて中立で、特定の政党とのかかわりを持たないという手もあるでしょう。

 こういう素朴な質問は大事だと思います。どうして私たちはここまで政治にこだわりを持って取り組んでいるのか、自分たち労働組合の役員のなかでは自明の理であっても、その意は組合の内外に思ったようには伝わっていないという事実に、向き合わなければなりません。

政治には自民党と拮抗する大きな塊が必要

 以下は私なりの表現です。

 欧州先進国の労働運動がその歴史の中で勝ち取ってきたことは、決して一党のみの長期政権に陥らない、政権交代の可能な政治体制でした。しかし、世界を見わたせばそれはまだ一部です。とくに開発途上国や共産主義国家の多くで、いまだに独裁的な政治体制が続き、人権はないがしろにされ、人々への抑圧は取り払われないままです。

 一方わが国の現状を見ると、それらを他人事と言い切れるものとはとても思えません。

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