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菅外交の試金石、初外遊で東南アジアへ 米中対立の渦中でどう動く

「インド太平洋」波高し 飯村豊・元インドネシア大使と探る

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

首相官邸に入る菅首相=10月7日。朝日新聞社

 菅義偉首相は初の外国訪問で今月中旬、東南アジアを訪れる予定だ。米中対立の渦中にある要衝で、外交に不慣れな新首相がどう動き出すのか。インドネシアとフランスで大使を務め、いま政策研究大学院大学で東南アジアとの連携を研究する飯村豊・客員教授と探った。

なぜ東南アジアなのか

 訪問先はインドネシアとベトナムを調整中だ。まずなぜ東南アジアなのか。

 日本の首相の初外遊先にはいくつかパターンがある。唯一の同盟国である米国、国連総会やサミットといった国際的な首脳会議、そしてアジア。アジアの場合も隣国の中国や韓国、あるいは東南アジアといった具合だ。

 今回が東南アジアに絞られたのは消去法の面もあるだろう。コロナ禍で国際会議は難しく、加えて米国では大統領選の最中だ。中国や韓国を訪れるには課題山積で機が熟していない。

 だが飯村氏は、いま東南アジアに行くこと自体に意義があると語る。

取材に応じる元インドネシア大使の飯村氏=10月、東京都内。藤田撮影

 日本にとって、東南アジアが安定し繁栄していることは非常に重要です。中東の原油などを輸入する通商路であり、ベトナム戦争後の1977年の福田赳夫首相訪問の際には「福田ドクトリン」を打ち出し、民間投資や政府援助で経済的に支えてきました。日本企業は中国に劣らず東南アジアにサプライチェーンを展開しています。

 そして東南アジアは近年、中国が覇権主義的に影響力を強めるターゲットになっています。アジアが牽引する世界の経済にとっても、東南アジア諸国が特定の大国の勢力下に入ることなく、中立的に一体性を保つことが大切で、それを支える日本の役割が問われています。

 インドネシアは人口2.6億人で東南アジア一の大国、ベトナムは今年のASEAN(東南アジア諸国連合)の議長国で、訪問先にふさわしい。コロナ対策はベトナムは順調ですがインドネシアは苦しんでおり、訪れる菅首相の健康管理だけでなく、両国への支援も重要です。

菅首相の外交理念とは

 では、菅首相はどんな理念を東南アジア訪問で語り、これから展開しようとするのだろう。菅外交のビジョンとして注目される。

 ちなみに上記の「福田ドクトリン」とは、「日本は軍事大国にならず東南アジアと世界の平和に貢献/政治、経済に加え社会、文化などで東南アジアと広く信頼を構築/ASEANの連帯と強化に積極的に協力」の三本柱だった。戦後復興を経て米国に次ぐ経済大国となり、中国とも国交を正常化して戦後処理は一段落。国際社会での役割が問われ始めた日本の外交指針を映していた。

1977年、東南アジア諸国訪問へ出発する福田赳夫首相(前列右端)=羽田空港。朝日新聞社

 安倍晋三氏が首相に復帰しての初外遊も東南アジアだったが、情勢は「福田ドクトリン」当時から様変わり。中国が経済と軍事で日本をしのぎ、米国に対抗しようとしていた。2013年の訪問時に示した「対ASEAN外交5原則」は、「自由、民主主義、基本的人権などの価値拡大へ協力/自由で開かれた海洋をともに守る。米国のアジア重視歓迎/貿易や投資で連携推進/アジアの多様な文化を守り育てる/若い世代の交流促進」。台頭する中国への意識がにじんでいた。

 就任間もない菅首相が語っているのは、今のところ、安倍政権から継いだ「自由で開かれたインド太平洋(FOIP=Free and Open Indo-Pacific)の戦略的推進」。歴代最長政権を官房長官として支えてきたが、外交経験には乏しく、目立った外遊は昨年5月の訪米ぐらいだ。

 飯村氏はこうみる。

 ASEANの構想であるAOIP=ASEAN Outlook on the Indo-Pacificとの連携が重要になります。昨年夏にインドネシア主導で打ち出されたもので、「インド太平洋地域の急速な発展は、人々の生活向上に可能性を開く一方、経済や軍事の面で国家間の相互不信回避を必要とする」という認識の下に、その渦中にあるASEANの指針を示しています。

 日本は米国やインド、豪州とともに、航行の自由や紛争の平和的解決を柱とするFOIPを唱えています。AOIPとは共通点が多いので、支え合って相乗効果を発揮しようとASEANに働きかけていくことになるでしょう。

 FOIPは、菅首相がこれから各国の首脳と会うときの話のきっかけになります。中東やアフリカ東海岸まで広範に巻き込む構想で、日本外交のヒット商品と言えます。英仏独など欧州の主要国も関心を持っており、次のサミットでも主要テーマにできると思います。

中国にどう向き合うか

 だが、ネックになるのがやはり中国だ。中国はFOIPを米国主導の対中包囲網として警戒している。一方的に領有権を主張し海洋進出を進める中国に対抗する意味合いがFOIPにあることも否めない。

 そのFOIPにおいて、インド洋と太平洋をつなぐ地政学的な要衝が南シナ海だ。そして南シナ海を囲む東南アジア諸国では、台頭する中国との距離感には様々なものがある。そこを菅首相は訪れる。一筋縄ではいかない難しさを飯村氏は認め、こう語る。

 「インド太平洋」という言葉を含むAOIPをASEANが作るときも中国が難色を示したようで、経済発展や生活向上のためのインフラ整備を中心とする内容に落ち着きました。中国に気を遣っており、米国がFOIPで強調するような安全保障を前面に出すものではありません。

 シンガポールのリー・シェンロン首相も最近の論考で述べていますが、東南アジア諸国は米中どちらかを選べと迫られることを望まない。そういう気持ちは日本も重んじないといけません。東南アジアの一体性が損なわれ、安定よりも緊張が高まることは、日本にもマイナスですから。

2019年、G20大阪サミットの関連行事に参加した安倍首相(中央)と米国のトランプ米大統領(左)、中国の習国家主席(右)=大阪市住之江区。代表撮影

 いまや米中対立がかつての米ソ対立になぞらえて新冷戦と呼ばれ、東南アジアがその焦点になっています。大国間の勢力争いで東南アジアの中立性と一体性が崩れると、インド太平洋全体が揺らぎかねない。だから、東南アジア頑張れ、支えようというのが望ましい日本のスタンスではないでしょうか。

 FOIPにはインド太平洋でともに発展しようという面と、安定を脅かす行動は困るという面がある。ASEANを代表するインドネシアやベトナムの首脳に対して日本の考えをどう伝え、どう対外的に打ち出すか、神経を使うところです。

軍縮へ道は開けるか

 菅外交は、そこからさらに踏み込めないものだろうか。

 東南アジアの中立性と一体性を尊重する形で、AOIPと連携してFOIPを発展させる姿勢を打ち出す。それによって中国の警戒感を解いて巻き込んでいく。コロナ禍で延期されている習近平国家主席の国賓来日を契機にすれば、米中間の緊張緩和にも資するのではないか。

 だが、そう甘くはないと飯村氏は考える。

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