「教科書、原則デジタル化を」はおかしい
デジタル教科書は「ネット・バカ」を生み出すだけではないのか
塩原俊彦 高知大学准教授
2020年10月6日付の朝日新聞デジタルの「「教科書、原則デジタル化を」平井デジタル相らが要求」によると、平井卓也デジタル改革相と河野太郎行政改革相は6日、教科書の原則デジタル化や規制緩和など教育分野のデジタル対応を加速するよう文部科学省に求めたという。このニュースを知って痛切に感じるのは、教育をビジネス化しようとする人々のよからぬ下心である。

デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式で、記念撮影の際に中央を平井卓也デジタル改革担当相(左)に譲る菅義偉首相=2020年9月30日、東京都港区
儲かる教科書
まず、小学校から大学まで、教科書は出版業界にとって少なくともこれまでは「打ち出の小槌」のような存在であったことを思い起こしてほしい。とくに、一般書籍の販売が頭打ちになっているなかで、紙でできたこれまでの教科書は「おいしい」商品だった。少子化で教科書出版業界も厳しさを増しているが、それでも教科書がビジネスそのもののネタであることを忘れてはならない。
文部科学省は、国・公・私立の義務教育諸学校に在学している全児童生徒に対し、その使用する全教科について国の負担で教科書を無償給与している。2019年度の場合、無償給与に関する予算額は448億円で、約971万人の児童生徒に対して合計約1億冊の教科書が給与された。教科書の需要数は1985年に2億冊を超えていたことを考えると、出版社も大変だが、教科書が紙媒体から電子媒体に変われば、出版社の受ける打撃は計り知れない。
ゆえに、出版社が教科書のデジタル化を少しでも遅らせ、ビジネス利益を確保しようとしてきたのではないかと疑われる。あるいは、出版社が自らデジタル教科書を手掛けるための時間稼ぎにデジタル化の先延ばしを求めてきたのではないか、と推察される。
2016年度から公立中学校で使用される英語の教科書をめぐり、三省堂が2014年8月、全国の公立小中学校の校長ら11人に部外秘の検定中教科書を閲覧させ、編集手当名目で5万円の謝礼を渡していたことが2015年に明らかになった。教科書採択工作の面をもった事実上の贈収賄事件と言える。こんなことまでしてきた出版社であるならば、あらゆる手段で教科書のデジタル化の流れを食い止めようとしてきたに違いない。