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コロナ危機で「新しい生活様式」を上から押しつけられないためのヒント

オーケストラのあり方から見えたポストコロナの「個」「市民社会」「国家」の関係

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

オーケストラは民主主義そのもの

 オーケストラとは民主主義そのものだと私は思う。

 現在、一次的に交響曲を意味するsymphonyという言葉は、ギリシア語が語源の“sym”=「一緒に」と“phon”=「音」が合体し、複線的に進行する音楽が「共に響く」という音楽的な事象から転じ、二次的には「さまざまな異なる要素が混ざり合って、一つの効果を生み出しているさま」という意味を持つ。

 ”Symphony”の語義に象徴されるように、交響曲を筆頭としたオーケストラ芸術は、まったく違う音符、長さ、大きさ、フレージング、さらにいえば、音色、表情、音を媒介とした主張など、役割及び個性がそれぞれにつき異なる音楽が、100人規模で同時進行する。

 そこでは、それぞれが異質な「個」が衝突したり相反したりしながら、楽曲自体が目指すものや指揮者が目指すものに向かって収れんし、表現として完成していく。もしかすると、楽団員の中に指揮者の表現や他の多数の楽団員の目指す音楽・価値観とは相いれない奏者もいるかもしれない。その不満や価値観への抵抗をひきずりながらも、そのオーケストラが目指す一つの音楽が築かれるのである。

 オーケストラと民主主義に共通する醍醐味は、多様な価値観のぶつかりあうこと。それを経て、「多様な価値観」とは真逆な「一つの」結論を出さねばならない、いや、結論が否応なく“出てしまう”という点にある。

拡大KPG Ivary/shutterstock.com

結論に至るプロセスがなによりも重要

 この“出てしまう”という点がポイントだ。結論が出てしまうからこそ、そこまでのプロセスがなによりも重要になる。

 オーケストラも民主主義も、本来、折り合いのつかない「個」が、一つの音楽や市民社会を構成しているからこそ尊いのである。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

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