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パレスチナ自治区――占領下で増幅するコロナ禍と医療体制の危機

[5]イスラエルによる家屋破壊、暴力、電気事情の悪化……

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 ヨルダン川西岸とガザのパレスチナ自治区では7月以降、新型コロナの確認陽性者と死者が急速に増加している。ともにイスラエル軍の占領下にあり、ガザは占領に加えて10年以上に及ぶ経済封鎖を受けている。イスラエルによる西岸併合の動きでイスラエル・パレスチナ関係が行き詰まっていることが、コロナ対応をさらに困難にしている。

 西岸とガザに東エルサレムを含めた「占領地」での新型コロナの感染状況は、世界保健機関(WHO)の調べによると、10月8日時点で、確認陽性者は5万3939人、死者418人(人口は510万)。10万人あたりの確認陽性者や死者は、いずれもイスラエルの3分の1程度である。

 パレスチナ地域の感染が抑えられているように見えるのは、自治区では6月下旬まで確認陽性者も死者も、ほとんど目立たなかったためだ。6月末になって初めて陽性者の累計が1000人を超え、死者も7月1日に10人を超えた。その後、急激に増え始め、9月初めから10月初めの1カ月間で陽性者は2万人、死者は200人増え、感染が拡大している。

パレスチナ自治区の新型コロナウイルス感染状況(2020年10月8日時点) 出典:世界保健機関パレスチナ自治区の新型コロナウイルス感染状況(2020年10月8日時点) 出典:世界保健機関

 国連は、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが軍事占領した東エルサレム、ヨルダン川西岸、ガザはすべて「占領地」と位置付ける。しかし、東エルサレムはイスラエルの首都として併合され、西岸はパレスチナ解放機構(PLO)の主流派ファタハが主導する自治政府が支配し、ガザはイスラム組織ハマスが実効支配、と政治状況は異なる。

 国連人道問題調整事務所(OCHA)が出している「新型コロナ緊急報告」によると、西岸では3月5日にベツレヘムで陽性者が確認された後、自治政府は緊急事態を宣言し、3月22日には西岸全土で2週間の外出禁止令を出した。学校を閉鎖し、集まりを禁止し、人々の外出を食料や薬の買い出しや緊急事態だけに限定した。ガザでも同様の規制と対策が取られた。

ヨルダン川西岸のベツレヘムで abu adel/Shutterstock.comヨルダン川西岸のベツレヘムで abu adel/Shutterstock.com

 3月下旬の段階で、国連人道問題調整事務所は次のように警告している。

 「陽性者数は比較的少ないが、今後増加するコロナ感染に対応するパレスチナ地区の医療体制は長い間の困難と(物資やスタッフの)不足によって損なわれている。特にガザの状況は深刻で、長引く経済封鎖と西岸の自治政府との分裂、慢性化した電気不足、さらに専門医療スタッフ、医薬品、医療器具の不足などによってむしばまれている」

建設中のPCRセンターをイスラエル軍が破壊

 西岸とガザは、感染拡大を防ぐためにできる限りのPCR検査と、濃厚接触者の隔離政策、さらに陽性者が増えたら先手を打って外出禁止令を出すという予防的措置によって感染を抑え込んできた。しかし、6月初めに外出規制が緩和されると、下旬から陽性者が増え始めた。

 西岸での感染拡大の中心となったのは、南部の都市ヘブロンである。6月17日~30日の西岸の全陽性者のなかでヘブロンは58%、7月1日~14日では66%を占めた。国連人道問題調整事務所の報告は、ヘブロンでコロナ感染が広がった原因として、「5月以降の自治政府によるイスラエルとの治安協力の停止」を指摘した。

ヨルダン川西岸地区ヘブロンのユダヤ人入植地。通りにはイスラエル国旗がはためくヨルダン川西岸の都市ヘブロンのユダヤ人入植地。通りにはイスラエル国旗がはためく

 イスラエルのネタニヤフ首相が5月中旬に、西岸の30%に当たる地域を7月以降に一方的に併合を始めると発表した。それに対して自治政府は、1993年にPLOとイスラエルが結んだパレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)に反する動きとして、イスラエル軍との治安協力の停止を表明した。

 西岸は自治政府が治安と行政を管轄するA地区(面積の約18%)と、自治政府が行政は管轄するが治安はイスラエル軍と自治政府が協力するB地区(約21%)、イスラエル軍が支配するC地区(61%)に分けられている。

 ヘブロンは市中心部と周辺にユダヤ人入植地がある。都市部はA地区だが、ユダヤ人入植地はC地区にあり、さらに周辺の農村部はB地区。自治政府の権限は入植地によって大きく制約されている。自治政府とイスラエルの治安協力が停止され、外出規制など自治政府のコロナ対策がヘブロン周辺の村々では実施されないことになり、結果的にコロナ感染の拡大を招いたわけである。

 ヘブロンの都市部のはずれであるC地区で、6月下旬にコロナ感染対策としてヘブロン市と住民が協力して建設していたPCRセンターがイスラエル軍に破壊された。

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