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再統一30年の転換点にあるドイツ

しかし、日本こそ転換点を乗り切る知恵が必要だ

花田吉隆 元防衛大学校教授

拡大東西ドイツ統一30年を祝うモニュメント=2020年9月5日、ドイツ東部ポツダム、野島淳撮影

 10月3日、ドイツ再統一から30年が経った。今日、ドイツを取り巻く環境は思いもしない変化を遂げつつある。新たな条件下でいかに国の進路を定めるか。ドイツにとっては厳しい挑戦だ。

 この30年を便宜上、3期に分けたい。1990年から2005年(第一期)、2005年から2010年(第二期)、そして、2010年から2020年(第三期)だ。それぞれ「低迷」、「復活」、「翻弄」の時期に当たる。

「お荷物」から欧州経済の主役へ

 1990年、旧東独を吸収しドイツ再統一がなった。ドイツ国民は高揚感に酔いしれたが、やがて重い現実が突き付けられていることを知る。ほとんど瓦解したに等しい旧東独経済の立て直しは、さしものドイツをもってしても重圧以外の何物でもない。それからというもの、長く厳しい道のりが続いていった。今も、東西間に厳然と残る見えない壁は、ドイツが背負う重い軛(くびき)だ。その重圧があり、ドイツは2000年代前半、「欧州の病人」と揶揄される。「低迷」の第一期、ドイツは欧州の足を引っ張るお荷物でしかなかった。

 その「お荷物ドイツ」が、逆に、欧州経済を引っ張る主役の座に躍り出るのが2005年ごろからだ。背景に「一人当たり労働コストの劇的低下」と「ユーロの発足」があった。

 「一人当たり労働コスト」は、その国の競争力を決める。この数値が、2000年代半ば、他の欧州諸国で軒並み上昇を続ける中、ドイツのみ横ばいで推移した。裏にシューレーダー政権の労働市場改革がある。ドイツと欧州諸国間で競争力の差が広がっていった。これに「ユーロ」による有利な為替レートが加わる。ユーロの為替レートは、加盟国の平均値だ。強いマルクのドイツはユーロの下、マルク切り下げに等しい効果を享受した。

 かくて、この二つの条件が相まってドイツの輸出攻勢が始まる。新たにEU加盟国となった東欧諸国はドイツ経済の独壇場となり、やがてその勢いは中国市場にも及んでいった。

 それまで、ドイツにとりアジア経済とは日本だった。それが、この頃を境に、目が中国に向き始める。その変化はすさまじかった。ドイツ企業が雪崩を打ったように日本から中国市場に鞍替えしていく。ジャパン・パッシングだ。現在、フォルクスワーゲン販売台数の4割は中国向けだが、転換期はこのころにある。

 ちょうど、これと軌を一にしてメルケル政権が発足した(2005年)。メルケル首相は「復活」し「存在感を増したドイツ」を象徴するリーダーだった。

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筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。

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