個別政策は打ち出すが、理念が求められる「総論」は見えずに過った判断が横行
2020年10月16日
菅義偉政権が発足して10月16日で1カ月。この間、この政権の内実を示す象徴的な出来事が続いた。
役所ではんこを使用する機会を極力減らして、行政改革を進めようという動きが急速に進み、世論調査では好評だった。その一方で、日本学術会議の会員選出をめぐり、会議側が推薦した105人中6人の任命を拒否し、同会議や各種学会などから「学問の自由への介入」と強い反発を受けている。
脱はんこなど「各論」の個別政策は次々と打ち出すものの、学問の自由といった理念が求められる「総論」は見えず、過った判断が横行する。10月26日からの臨時国会、年明けの通常国会、そして来年秋までには必ずある衆院の解散・総選挙を乗り切れるのか。「各論政権」の前途は多難だ。
河野太郎行革担当相が旗を振る脱はんこは、分かりやすさもあって好評だ。しかし、大きな経済効果があるわけではなく、話題は一過性だろう。役所のペーパーレス化は、これまで遅れていたことがようやく動き出したにすぎない。携帯電話料金の引き下げも菅政権の目玉だが、公共の電波を使っているとはいえ、基本的に民間企業が決める問題である。政府が民間企業の個別料金に対して強引に口を出せば、市場にゆがみをもたらす。
デジタル化の促進は政権の目玉だ。振り返れば、新型コロナウイルスの感染拡大対策で給付金を配ろうとしたが、申し込みを受けても預貯金口座への振り込みに手間取った。マイナンバーで簡単に手続きが済むという触れ込みだったが、自治体ではネットの申し込みをプリントアウトして住民基本台帳と照合するという、ちぐはぐな光景も見られた。気がつけば「デジタル後進国」だったのである。
挽回は容易ではない。府省庁の縦割り、国と自治体の連携不足、個人情報の壁が重くのしかかる。菅首相は「既得権益打破」を掲げるが、一朝一夕に解決できる問題ではない。それでも、政権発足当初の「改革」への姿勢は好評価を得た。
安倍晋三政権は、経済政策として「アベノミクス」の大風呂敷を掲げたが、人々の生活が大幅に改善されたわけではない。7年8カ月の長期政権のおごりも目立ち始めた。秋田から上京した「苦労人」の菅氏の登場が、国民には一種の「ペースチェンジ」と映ったことも、菅政権が発足直後に高支持率を記録した原因だろう。
とはいえ、「各論」の改革の成果が目に見えるようになるのは、かなり先になる。加えて、そうした改革で日々の暮らし向きがすぐに良くなるわけではない。菅政権の発足に拍手を送った多くの国民も、コロナ感染への不安と景気の悪化を実感する日々を送っているだろう。
コロナ危機の中で安倍長期政権を引き継いだ菅首相の最大の課題は、コロナ感染を抑え込み、経済を再生させることに尽きる。それは菅氏本人が自覚しているはずだ。そこに突然、噴き出したのが日本学術会議をめぐる問題である。
構図は単純だ。210人の会員の半数105人が改選期を迎えたため、学術会議側は105人の推薦者名簿を首相官邸に提出した。学術会議法で、「会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」と定められているためだ。
これに対して、官邸の事務方トップである杉田和博官房副長官が名簿を精査。芦名定道・京大教授、宇野重規・東大教授、岡田正則・早稲田大教授、小沢隆一・慈恵医大教授、加藤陽子・東大教授、松宮孝明・立命館大教授の6人の任命を拒否する方針を決め、菅首相が了承した。
10月16日には学術会議の梶田隆章会長が菅首相と会談し、6人の任命拒否を撤回するよう求めたが、菅首相は明確な回答を避けたという。
任命拒否の論点は大きく分けて二つある。
まず、任命拒否の手続きだ。学術会議法で「推薦に基づき首相が任命」と定められていることに関連し、政府はこれまで「任命は形式的」(1983年の中曽根康弘首相答弁)という姿勢を取ってきた。学問の自由に介入しないという配慮から、推薦者を事実上、そのまま任命してきたわけだ。
これに対して、2012年に発足した第2次安倍晋三政権は、推薦者の一部の任命に難色を示したうえ、18年には学術会議を所掌する内閣府と内閣法制局の協議で、推薦者を全員任命しないことも可能という法解釈をまとめていたという。こうした法解釈の動きや狙いが不透明で、十分な説明がなされていない。
さらに大きな問題は、
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