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感染が蔓延してもイラク政府が全面的な対策をとれない理由

[6]人々の政府と病院への不信感、「10月革命」再来の可能性

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 10月半ばの時点で、新型コロナウイルスの蔓延がアラブ世界で最悪となっているのはイラクである。10月15日時点で、確認陽性者数41万3215人、死者1万21人を数える。8月上旬に死者が5000人を超えてから、約2カ月で5000人増えて倍増となった。相次ぐ戦争、紛争で荒廃した医療体制は、すでに崩壊寸前とも言われ、今後、感染に歯止めがかからなくなるのではないかとの指摘も出ている。

イラクの新型コロナウイルス感染状況(2020年10月15日時点) 出典:世界保健機関拡大イラクの新型コロナウイルス感染状況(2020年10月15日時点) 出典:世界保健機関

 イラクは世界有数の産油国であるが、1991年の湾岸戦争と2003年のイラク戦争と2度の戦争を経験し、2003年に体制が崩壊した。新体制となってからはイスラム教シーア派とスンニ派の宗派抗争があった。さらに2014年に出現した過激派組織「イスラム国(IS)」が北部のモスルなどスンニ派地域の広い範囲を支配し、2017年にモスルが陥落し、ISが排除されるまで「対テロ戦争」でさらに荒廃が進んだ。

 2月下旬、南部のシーア派の宗教都市ナジャフでイラン人宗教学生の感染が確認された。学生はイランに返されたが、その後、イラクでも感染が広がった。イランは中東で最初にコロナ禍が拡大した国だが、イラクの人口の半数以上を占めるシーア派は同じくシーア派のイランとの間で、学問、ビジネス、聖地訪問などで日常的な行き来がある。イラク北部のクルド地域でも2月下旬にイランから戻ったイラク人の感染が確認された。

 イラクのコロナ禍はイランの感染が拡大したものということができる。イラクのシーア派宗教勢力はイラク戦争後、選挙で国民議会の多数をとり、首相職を押さえてきた。さらにイランの支援を受けて、シーア派の各政党・政治組織は民兵組織を持っている。ISとの戦いでもイラク国軍とともにシーア派民兵組織が「対テロ戦争」の前面に出てきた。シーア派つながりで、イラクとイランの結びつきは強くなった。

 イラクのコロナ感染の広がりは、最悪の政治状況と重なった。2019年10月にバグダッドと南部地域で、若者たちによる大規模なデモが始まり、アブドルマハディ首相は11月に辞任を表明した。しかし、後継首相が決まらないまま、政治空白が続き、コロナ禍が始まった2020年2月と3月に、それぞれ後継首相候補が議会の承認を得ることができなかった。3人目の候補として現在のムスタファ・カディミ首相が承認を得て、5月6日に就任した。その時にはすでにコロナの陽性者は2500人、死者100人が出ていた。

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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

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