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中国の「ネット・ナショナリズム」にどう対抗すべきなのか

デジタル空間でいま起きていること

塩原俊彦 高知大学准教授

 いわゆるサイバー空間が自由であった時代から、国家による規制対象となる時代への変遷について、筆者はずっと研究対象としてきた。拙稿「サイバー空間と国家主権」と拙著『サイバー空間における覇権争奪』(社会評論社、 2019年)を読んでもらえれば、歴史的変化を理解してもらえるだろう。ここでは、サイバー空間がリアルな空間にIoT(パソコン、サーバー、プリンターなどのIT関連機器が接続されたインターネットにそれ以外のさまざまなモノを接続するモノのインターネット化)を通じて融合しつつあるいまの「デジタル空間」において何が起きているかを論じてみたい。

ロシアの「デジタル主権」

拡大Willrow Hood / Shutterstock.com

 最近、このサイトに拙稿「「サイバー戦争」を考える:「抑止力」に傾斜する米国やイスラエル」を掲載した。そのなかでも指摘したように、日欧米政府はみな「デジタル空間」への国家規制を当然視している。ロシアや中国も同じである。ただ、中ロは「デジタル空間」への国家干渉を国家主権の一つと位置づけて、その干渉強化を推進する立場にたっている。

 ロシアでは、「デジタル主権」(цифровой суверенитет)なる概念が主張されている。もともと2013年に情報技術(IT)企業家、イーゴリ・アシュマノフが力説していた概念で、「情報主権――新しい現実」という主張をインターネット上に公表した。この概念は2019年11月、デジタル・技術開発問題担当大統領特別代表であるドミトリー・ペスコフによって支持されている(「デジタル主権は世界の傾向」)。

 アシュマノフによると、伝統的な主権は独立国家において、政府、法律、軍事力と警察、貨幣・銀行・税金、国境をもち、言語や文化、市民意識などによって堅持されているという。主権を構成するのは、国家的構成要素、軍事的要素、外交的要素、経済や政治的な要素、文化的ないしイデオロギー的な構成要素だが、近年、「デジタル主権」なるものが出現した、と彼は主張する。

 この新しいデジタル主権は、「デジタル分野で何が起きているかを決定する国家の権利」であり、デジダル分野での国内や地政学上のナショナル・インタレストを自主的かつ独立して決定する国民国家の権利を意味している。自主的な内外の情報政策を導入する権利や自己の情報資源を処分したり、国家情報空間のインフラを形成したりする権利も含まれる。さらに、国家の電子・情報の安全性を保障する権利ももつ。このデジタル主権は国家に帰属する。

 ロシアでは、2019年5月1日に制定された連邦法「連邦法「通信について」および連邦法「情報、情報技術、情報保護について」への修正導入について」が通称「主権者ルネット法」と呼ばれるようになっている。この法律によって、国家によるルネット(ロシア国内のインターネット)への規制が強化されたからである。

 なお、「主権」概念はなかなか難しい概念だ。興味のある人は拙著『官僚の世界史』(社会評論社、2016年)を参照してほしい。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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