メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

陸上空母離発着訓練の馬毛島移転計画があらわにした基地問題の本質

FCLP? 南西防衛? オスプレイ移転? 大義は見えず、民主主義も無視

山本章子 琉球大学准教授

 種子島にこの13年間、米軍が影を落とし続けている。ことのはじまりは2007年。種子島から約10キロ離れた馬毛島(鹿児島県西之表市)に、主に硫黄島で行われてきた米空母艦載機部隊の離発着訓練(FCLP)を移転する案が浮上したことだ。これは、前年の在日米軍再編で日米両政府がFCLP移転先の選定で合意したことにもとづく。

 FCLPとは戦闘機が陸上の滑走路で行う空母着艦の模擬訓練で、滑走路進入後ただちにエンジンを全開にして再離陸、急上昇をくり返すので、長時間にわたり耳をつんざく轟音(ごうおん)が発生する。しかも、夜間の海上で揺れている空母に安全に着艦できるよう、パイロット一人あたり45分間の夜間訓練を最低4回行う義務がある。約60機の戦闘機が空母出港前に集中的に行うFCLPは、日中から深夜3時頃まで延々と続く。

 馬毛島は無人島のため、FCLPの移転先として理想だとされた。だが、同島からは種子島、屋久島、大隅半島が一望できる。期間が限られるとはいえ、FCLP実施中は昼夜、離陸して旋回する戦闘機がそれらの島々をかすめて飛ぶことになろう。離発着時の騒音も種子島まで届く。

 そのため、FCLP馬毛島移転案が浮上すると、種子島の1市2町はみな反対を表明した。

米軍訓練の移転や自衛隊基地の整備が計画されている無人島の馬毛島=2020年8月16日、鹿児島県西之表市、全日写連・二宮忠信さん撮影

FCLPの移転先をめぐる紆余曲折

 夜間のFCLPが社会問題になって久しい。具体的には、1973年に横須賀基地(神奈川県)が米空母の母港とされた頃から、三沢基地(青森県)と岩国飛行場(山口県)で夜間のFCLPが問題化した。そして1982年、厚木基地(神奈川県)で夜間のFCLPが始まると、周辺自治体は政府に対して訓練の移転を強く求めていく。さらに、周辺の都市化によって、厚木基地は明るすぎて夜間訓練に適さない、という米軍側の事情も出てきた。

 そこで政府は1985年、FCLPの三宅島への移転計画を発表したが、地元住民の強硬な反対で最終的に断念。暫定的な措置として1993年から、自衛隊基地のある無人島の硫黄島で、FCLPのほとんどが行われるようになる。

 ところが、2006年の在日米軍再編合意で、厚木基地にある空母艦載機部隊の拠点を岩国飛行場に移すことが決定すると、在日米軍は硫黄島が岩国から遠すぎることを問題視した。厚木から硫黄島まで約1200キロなのに対して、岩国から硫黄島までは約1400キロとなるからだ。

 2003年には、広島県沖美町長が無人島の大黒神島にFCLPを誘致する計画を発表したが、沖美町と合併協議中の2町や地元住民の反対で約1週間で撤回するという一幕もあった。

 そうしたなか、米軍は馬毛島への訓練移転を望むようになる。周辺に人口密集地がないことや、岩国から馬毛島までの移動中、航空自衛隊新田原基地(宮崎県)や海上自衛隊鹿屋基地(鹿児島県)に緊急着陸できることが理由だ。

分断が進んだ種子島住民

 2011年になると、種子島のFCLP反対の様相は変わり始める。在日米軍再編見直しで、馬毛島は自衛隊基地としたうえで、FCLPでも使用すると発表されたからだ。

 国防政策上、中国船の尖閣周辺領海への侵入を受け、民主党政権下の2010年の防衛大綱で「防衛空白地域」である南西諸島への必要最小限の部隊配備がうたわれたことが反映されたかたちだが、同時に地元懐柔策としても大きな意味を持っていた。とりわけ、中種子町への大きな揺さぶりとなった。

 種子島の人口の半分を抱える西之表市と、種子島宇宙センターで全国的に有名な南種子町にはさまれ、サーフィン客以外には素通りされる中種子町は、2007年から自衛隊誘致活動を展開していた。中種子町議会は2012年末、種子島と屋久島の首長・議会が設立したFCLP馬毛島移転反対団体から離脱している。

 訓練の影響が最も大きい西之表市の中でも、賛否が分かれていく。もともと種子島には自衛隊に就職する者が多く、西之表市民にも反自衛隊感情はない。人口減に歯止めがかからないなか、西之表市に属する馬毛島への自衛隊常駐が地域振興につながるという期待もある。

自衛隊の訓練が行われた中種子町の長浜海岸=2020年9月24日、鹿児島県中種子町

自衛隊駐屯で過疎問題は解決しない

 くり返しになるが、南西防衛は、政府や東京の安全保障専門家から見れば国防政策だ。何を当たり前なことをと思うだろうが、自衛隊の駐屯を歓迎する辺境の島嶼(とうしょ)の住民にとっては、南西防衛は過疎問題の解決手段なのである。

 たとえば、基地の「迷惑料」である防衛施設周辺対策事業。地元の消防施設や公園、児童館や公民館、道路、運動場や体育館、水道、ごみ処理施設などの整備を助成する。さらに、基地建設や施設整備のための公共事業の受注、自衛隊員とその家族の住民税と消費活動など、さまざまな経済効果も期待される。

 防衛省側も、与那国島、宮古島、石垣島などの住民説明会で、自衛隊駐屯の経済効果をあおってきた。馬毛島に関しても、種子島1市2町と屋久島の4人の首長に対して2011年7月、防衛省は「10年間で250億円」という米軍再編交付金の試算を示している。

 だが実際には、自衛隊は「金のなる木」ではない。

・・・ログインして読む
(残り:約2611文字/本文:約4748文字)