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パリ教員殺害テロ事件で「共和国の存在を賭けた闘い」に挑むマクロンの覚悟

「信教の自由」「表現の自由」という共和国の理念と現実との隔たりをどう埋めるのか

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

夜間外出禁止令発令の日に起きた残忍な事件

 パティさんの首が切断された遺体が勤務先の公立中学近くで発見されたのは10月16日の午後。この残忍で野蛮な事件は即、国中に伝わった。

 フランスではちょうどこの日から、パリ(パリ郊外を含む)など9の大都市で「夜間外出禁止令(午後9時から午前6時まで)」が出された。新型コロナウイルスの感染の再拡大で、1日あたりの感染者が連日1万人を超え、2万人以上に達した日もあったからだ。

 16日の午後9時前には、通常は週末の人出で賑わうシャンゼリゼ大通りをはじめ、街中から人影が消え、まるで国中が惨殺されたパティさんの喪に服しているかのようだった。

 パティさん殺害の容疑者は、急報で駆け付けた警官隊に武器のようなものをかざして抵抗姿勢を示したため、その場で射殺された。近くには血塗られた刃渡り35センチの大型ナイフが落ちていた。

 身元を確認した結果、モスクワ生まれのチェチェン系難民で18歳と判明した。同夜のうちに同居の両親、祖父、弟(17)、ナイフやピストルなどを提供した仲間や、SNSでの拡散で犯行に影響を与えたとみられるイスラム教過激派の活動家など11人に加え、容疑者にパティさんを特定した報酬として金を受け取った複数の生徒が拘束された。

拡大「夜間外出禁止令」が出て閑散としたシャンゼリゼ大通りのレストラン=2020年10月17日午後8時半ごろ、山口昌子撮影

ムハンマドの風刺画を授業で使用

 パティさんは10月5日、「倫理、市民教育」の授業で、フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」が過去に掲載した、ムハンマドが全裸になった姿を含む2枚の風刺画をスライドショーで生徒に見せた。「表現の自由」を討議するのが目的だった。

 クラスにはアラブ系などイスラム教徒の生徒が多数いるので、事前に「イスラム教徒の生徒をはじめ、見たくない者は教室の外に出てもよろしい」と述べた。混乱がなかったので、翌6日にも違うクラスで同様の授業を行った。

 「倫理、市民生活」の授業は、国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌えなかったり、フランス共和国の国是「自由、平等、博愛」や「非宗教」に無関心だったりする移民の生徒が増えたため、フランス国民としての基本を学習するため、「歴史・地理」の授業の枠組みで長年、実施されている。

 パティさんは毎年、同様の授業しており、

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト

元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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