[7]政府による感染実態の過小評価、最悪の医療状況
2020年10月24日
シリアには、2011年にアラブ世界に広がった民主化運動「アラブの春」が波及し、政府によるデモの武力弾圧によって始まった内戦がいまも続いている。10年目に入った内戦によって国土は荒廃し、アサド政権の支配地域も、北西部のトルコ国境と接するイドリブ県にある反体制地域も、ともに医療が崩壊し、新型コロナウイルスが蔓延する最悪の条件をつくっている。
世界保健機関(WHO)によると、10月22日現在でのコロナ感染の確認陽性者は5224人、死者は257人に過ぎない。これはシリア政府の公式発表だが、国際的には実際の数であるとはみなされていない。
シリア保健相は3月22日、「外国から来た感染者が確認された」と発表した。しかし、アサド政権は反体制勢力の支配地域を攻撃するために、イラン、イラク、レバノン、アフガニスタンなどから5万人とも言われるシーア派民を入れており、そのすべての国で2月中にコロナ感染が確認されている。3月11日にパキスタン保健省はシリアからの帰国者にコロナ感染が確認されたと発表していた。
シリアでも3月初めにはコロナの感染が広がっているとの見方は出ていたが、保健相はずっと「わが国にコロナ患者はいない」と発表していた。一方で、3月11日に国境の閉鎖、13日には学校や大学の封鎖を命じるなどコロナ対策を発表し、最初の感染者を発表した22日には県境をまたぐ公共交通機関の運行停止、集会の自粛などの対策を発表した。
政府は感染の実態を意図的に隠し、過小評価している様子が推測される。シリア政府の対応について欧米の専門家が挙げるのは、①十分な検査キットがなく、医療的な対応ができない、②コロナ感染で国民の間に恐怖が広がることを恐れた――という2つの要因である。
WHOの資料によると、2019年末の段階で、113の公共病院のうち十分に機能しているのは半数で、残りの4分の1は、医療スタッフや機器の不足、建物の損壊で一部の機能にとどまり、残る4分の1は全く機能してない。内戦で難民となって国外に出た医師や看護婦もいて、70%が出たという報道もある。コロナ患者が増えても医療機関が対応できないという現実と、コロナ感染を公衆衛生の問題ではなく治安の問題ととらえる中東諸国がもつ強権体制独特の感覚を読み取ることができる。
シリアでの実際のコロナ感染の状況を推測しようとする動きはいくつかある。英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンのMRC感染症分析センターが9月15日に発表した「ダマスカスでのコロナ蔓延」とされる報告書はその一つ。人口239万のダマスカスのコロナによる死者を、政府のコロナ感染数の公式発表の推移、超過死亡の推移、病院のベッド数など様々な要因を総合して算出している。
報告書ではコロナ感染による死者は、政府の公式発表の80倍という推計を出し、9月2日までの死者は、ダマスカスだけで最低でも3250人、最大で5540人として、中央値4340人という数字を算出している。また、ダマスカスの感染者数は約6万7000人と推計している。
シリアの人口の7分の1強を占めるダマスカスだけで死者が4000人を超えるという推計を単純計算すれば、全国で3万人前後の死者となり、中東でも最悪のレベルとなる。
ダマスカス以外の周辺地域は、内戦で反体制勢力に支配されたり、激しい戦闘によって政権軍に奪還されたりした地域も多く、病院など医療施設は破壊されている。現在、シリア全土で660万人が家を追われて避難民となり、狭いアパートに複数の家族が暮らしたり、廃墟のようなビルに住んだりする家族もいる。シリア全体のコロナ感染の死者はダマスカスの推計よりもさらに多い可能性もある。
ダマスカスの病院の状況について、内戦での戦争犯罪を検証する市民組織「シリア正義と事実検証センター(SJAC)」は8月13日付でダマスカスの医師やコロナ患者の家族にインタビューし、「まるでホラー映画
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