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内戦10年目のシリア、感染蔓延でアサド政権も反体制地域も新たな危機

[7]政府による感染実態の過小評価、最悪の医療状況

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 シリアには、2011年にアラブ世界に広がった民主化運動「アラブの春」が波及し、政府によるデモの武力弾圧によって始まった内戦がいまも続いている。10年目に入った内戦によって国土は荒廃し、アサド政権の支配地域も、北西部のトルコ国境と接するイドリブ県にある反体制地域も、ともに医療が崩壊し、新型コロナウイルスが蔓延する最悪の条件をつくっている。

 世界保健機関(WHO)によると、10月22日現在でのコロナ感染の確認陽性者は5224人、死者は257人に過ぎない。これはシリア政府の公式発表だが、国際的には実際の数であるとはみなされていない。

シリアの新型コロナウイルス感染状況(2020年10月22日時点) 出典:世界保健機関拡大シリアの新型コロナウイルス感染状況(2020年10月22日時点) 出典:世界保健機関

 シリア保健相は3月22日、「外国から来た感染者が確認された」と発表した。しかし、アサド政権は反体制勢力の支配地域を攻撃するために、イラン、イラク、レバノン、アフガニスタンなどから5万人とも言われるシーア派民を入れており、そのすべての国で2月中にコロナ感染が確認されている。3月11日にパキスタン保健省はシリアからの帰国者にコロナ感染が確認されたと発表していた。

 シリアでも3月初めにはコロナの感染が広がっているとの見方は出ていたが、保健相はずっと「わが国にコロナ患者はいない」と発表していた。一方で、3月11日に国境の閉鎖、13日には学校や大学の封鎖を命じるなどコロナ対策を発表し、最初の感染者を発表した22日には県境をまたぐ公共交通機関の運行停止、集会の自粛などの対策を発表した。

 政府は感染の実態を意図的に隠し、過小評価している様子が推測される。シリア政府の対応について欧米の専門家が挙げるのは、①十分な検査キットがなく、医療的な対応ができない、②コロナ感染で国民の間に恐怖が広がることを恐れた――という2つの要因である。

 WHOの資料によると、2019年末の段階で、113の公共病院のうち十分に機能しているのは半数で、残りの4分の1は、医療スタッフや機器の不足、建物の損壊で一部の機能にとどまり、残る4分の1は全く機能してない。内戦で難民となって国外に出た医師や看護婦もいて、70%が出たという報道もある。コロナ患者が増えても医療機関が対応できないという現実と、コロナ感染を公衆衛生の問題ではなく治安の問題ととらえる中東諸国がもつ強権体制独特の感覚を読み取ることができる。

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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

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