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トランプ再選の可能性は極めて低い

米大統領選挙の行方~最終的には法廷闘争も

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

28年ぶりの現職大統領の敗北か

 米大統領選挙の投票日まで1週間となった現在、このまま突発的な事態、事故などが発生しない限り、トランプ再選の可能性は極めて低いと考えられる。即ちトランプは、戦後で4人目の再選を拒否された大統領となるであろう。

 その3人とは、フォード、カーター、ブッシュ(父)であるが、そのブッシュが敗れた1992年の選挙については、私は、ワシントンの日本大使館公使としてそれを身近にフォローしていた。

 その年の初めごろまでは、湾岸戦争に圧勝したブッシュの人気は極めて高く、再選間違いなしとの見通しであったが、その後、人種暴動、貧富差の拡大、景気の落ち込みなどによるそれまで12年間の共和党政権に対する国民の不満が高まり、直前の世論調査ではブッシュとビル・クリントンが拮抗していた。

 現職の大統領は、その知名度もメディアのカバレッジも圧倒的に高いので、通常であれば極めて有利であり、これを破るためには、対立候補に有利な何らかの大きな要因が必要である。92年の場合には、鍵となったのは経済状況に対する国民の危機的受け取り方であった。

 ワシントンの大使館内でも長期間にわたる情報入手と分析に基づいて侃々諤々の議論を行った結果、経済的な影響を最も重視すべしとの観点から、投票日前日の11月2日に、栗山尚一駐米大使から渡辺美智雄外務大臣あてに、「クリントン勝利の見込み」の公電を発出した。現地の大使として現職大統領の敗北予測を公式に報告するのは、相当に勇気がいることであった。

 転じて今回の選挙の場合は、トランプ大統領の4年間の実績への失望、並びに人格、態度などへの国民の反感が高まり、もしあと4年間国政を任せたら、米国は国内的にも、国際的にも取り返しのつかない状況に追い込まれるという多数の国民の深刻な危機感が、現職の再選を拒否するという選挙の帰趨の決め手となると考えられる。

トランプ大統領=2020年2月29日、メリーランド州オクソンヒル
支持者を前に演説するジョー・バイデン前副大統領=2020年3月3日、米カリフォルニア州ロサンゼルス

今回の選挙は4年前とはどう違うのか

 内外の多くのメディアや評論家が用いているリアル・クリア・ポリティクス(RCP)社の平均値(米国の多くのメディアや団体の行っている世論調査の平均値)によると、支持率は、バイデン50.8%、トランプ42.7%(10月26日現在)で、その差は8.1ポイントである。

 この数字よりも重要なのは、それぞれの獲得選挙人の数であるが、確実あるいは大きく優勢と見られるのは、バイデン232(20州及びワシントンDC)、トランプ205(24州)とされている。この意味するところは、総数538のうち437(44州及びワシントンDC)はほぼ確定していて、接戦が繰り広げられているのは、以下の6州の101である。これらの6州においては、現在すべてバイデンがリードしている(1.2~7.8ポイント)。

フロリダ=29、ペンシルバニア=20、ミシガン=16、ノース・カロライナ=15、アリゾナ=11、ウィスコンシン=10

 しかし、前回2016年の選挙においては、直前の世論調査におけるヒラリー・クリントンのトランプに対するリード(アリゾナを除く)はそれ以上であったのに、6州すべてで敗れ、306対232と大差がついてしまった。特に、トランプ勝利の決め手となったペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンの3州では、世論調査と実際の得票のギャップが9ポイント以上(30~50万票)もあった。

 内外の評論家の中には、この前例を挙げて、世論調査はトランプ票を過小評価する傾向があるので、今回もトランプの逆転勝利は可能性が十分あると議論する人も少なからずおり、ワシントンではこれをデジャ・ブ(Deja vu)、即ち「過去の再現」と称されている。果たしてそうなるのであろうか。

 私の分析では、今回の選挙は、4年前とはいくつかの重要な要素が異なるので、前回とは事情が大きく違い、トランプの逆転は困難と考える。

 その第一は、前回、誤った予測の原因となった世論調査の手法と解析について、各社とも名誉挽回とばかりに大きな改善が加えられていること、第二に、前回にはなかった民主党を有利にする現象がいくつか現れていることである。

世論調査の精度

 まず、4年前の世論調査が大きく外れた原因と今回の違いを見てみる。

① 「隠れトランプ」の存在

 既に大きく報道されたことであるが、本当はトランプ支持であるが、それを公言することが憚れるので、態度未定としたか、もしくはクリントンに投票すると嘘の回答をした人が多数存在した。しかし今回は、現職の大統領であり、その考え方も明確にされているので、トランプ支持を隠す理由もない。従って「隠れトランプ」の数は大きいとは考えにくい。

② 投票態度未定者が多数

 通常の大統領選挙では投票態度未定者は5%程度であるが、前回の場合は、それが13%と多数に上っていた。これらの人々は世論調査に対しては「未定」と回答していたが、実際は、投票日の直前に明らかになったクリントンのメール事件などにより、多くがトランプに流れたとみられている。今回は、接戦6州における態度未定者は5~7%であるので、その影響は前回ほど大きいとは言えない。

③ 回答者の学歴別分布

 世論調査の電話に対して、高卒以下の低学歴の人は回答を拒否する例も多いので、サンプル中に高学歴の人の回答が多くなる傾向があるが、この範疇の人には民主党支持、あるいは反トランプが多い。従って、今回の調査では、学歴別の分布が適正になるよう配慮が行われている。

郵便投票の増加

 広大な国土にまんべんなく投票所を設置することが困難な米国においては、伝統的に郵便投票が多く利用されており、通常では有権者の20~25%であるが、今回はコロナの影響で人との接触をできるだけ避ける考慮から、郵便投票用紙の積極的な自宅郵送を行う州が増加している。その結果、既に5000万人以上が事前および郵便による投票を行ったと推計されており、最終的には、前回の2倍を超えると見込まれている。

 これに対してトランプは、郵便投票は不正につながるとしてこれを認めず、もし敗北した場合には、これを理由として選挙の無効などを主張するのではないかと憶測されている。

 しかし一般的には、選挙人登録名簿と郵便投票の封筒の署名の照合などにより、用紙の偽造やなりすまし投票は防止できると考えられている。また郵便投票自体が民主党に有利な制度とは考えられないが、これにより投票率が上昇することは、多少民主党有利に働くことは否定できない。

コロナの影響

 世界最大の850万人以上のコロナ感染者と22万人以上の死亡者を出し、未だに一日に数万人規模で感染者が増加していることについての大統領自身の責任を問う声は、10月22日の大統領候補者討論会におけるバイデンの発言にも現れたように極めて大きく、トランプ自身の感染の事実も相まって、これが大統領選挙の投票に反映されることは容易に想像がつく。

 それは全米的に言えることであるが、接戦の6州の状況を見ても、感染者数はアリゾナを除いて増加傾向にあり、また死亡者数は、フロリダ5位、ペンシルバニア8位、ミシガン10位と重要州では影響が顕著な厳しい状況になっている。

 またコロナ感染防止のために密を避ける考慮から、劇場型の集会が予定通りには開催しにくいことも、これを得意とするトランプには不都合である。

女性票の行方

 前回の選挙における女性票の行方は、ヒラリー・クリントン54%、トランプ42%だったが、白人女性のみについて見ると、クリントン43%、トランプ51%と逆転していた。これはクリントンは嫌いだという多くの白人女性の反応であり、これにより、クリントン票全体の減少を招いた。

 今回はハリス副大統領候補が女性にも人気が高いことを反映して、世論調査による女性の支持は、バイデン60%、トランプ37%となっているので、前回から6ポイント増(トランプは5ポイント減)という数字の意味は大きい。

ヒスパニック票の動向

 米国の有権者を構成する人種の中で、最も人口増加が著しいのはヒスパニックであり、その民主党支持率は約7割に達する。接戦6州について見ると、フロリダ及びアリゾナの有権者に占めるヒスパニックの割合は、それぞれ20.5%及び23.6%であり、その比重の大きさは注目に値する。

 またトランプが絶対に必要としているテキサスについては、RCPの世論調査平均値では4ポイントリードして「トランプ優勢」のカテゴリーに入っているが、同州のヒスパニックの支持率では逆にバイデンが数ポイント以上リードしているので、トランプも安閑とはしてはおれない。

トランプ当選の可能性はゼロなのか

 以上を総合すると、今回の大統領選挙ではバイデンの強さが際立っており、RCPの世論調査平均値でも、バイデン当選の確率は87%としている。この意味するところは、トランプにも13%の当選確率があるということである。具体的には、どういうケースが考えられるのであろうか。

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