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ビジネス倫理を問う:組織内の非倫理的行動をどう防ぐか

改めて気にかかる森友案件処理の杜撰さ

塩原俊彦 高知大学准教授

 筆者は2003年に『ビジネス・エシックス』(講談社現代新書)を上梓した。これは、「腐敗」問題に着手した筆者にとっての最初の著書にあたる。その後、英語の本としてAnti-Corruption Policies(Maruzen Planet, 2013)を刊行したり、『官僚の世界史』(社会評論社, 2016)、『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社, 2018)などを出版したりしてきた。

 そんな筆者にとって、非倫理的行為を防止するために、企業や官庁のような組織がどうすればいいかは重要な問いとなっている。そこで、今回は2015年に公表された「縛られた倫理観を減らす:個人が非倫理的な行動に気づき、避けるのをどう助けるか」という論文を紹介しながら、この問題について考えてみたい。

バーナード・ローレンス・マドフ詐欺事件

マドフの運用・証券会社が入居していた通称「リップスティックビル」=2012年5月、米ニューヨーク市
 論文は、バーナード・ローレンス・マドフ(メイドフ)による巨額詐欺事件からはじまっている。「2008年に世界最大のねずみ講(ポンジ・スキーム)が崩壊した後、バーナード・L・マドフ投資証券の個人および機関投資家の顧客は、推定650億ドルの含み益を失った」のである。

 この事件の背後には、二つのグループがあったという。①実在しない取引の不正な記録を作成したマドフ投資証券を含む、故意に非倫理的な行為を行った加害者、②不正行為を発見するための金融専門知識と受託者責任を持っていたにもかかわらず、それを怠った金融投資家、アドバイザー、規制当局――という二つのグループだ。

 論文は後者に焦点をあて、善を行う意図を持っている個人が、最終的にどのように非倫理的な行動をとるように誘惑されるかを問うのである。

 非倫理的行為は、意図的なもの(すなわち、個人が自分の倫理的違反を認識している)と非意図的なもの(すなわち、個人が自分の行動が倫理的境界を越えていることに気づかない)に分類することができる。

ジェームズ・レストの古典モデル

 論文では、非倫理的な行動の古典モデルとして、ジェームズ・レスト(James R. Rest, Moral Development: Advances in Research and Theory, 1986)の学説が紹介されている。基本的にこの見解を支持したうえで、倫理的に行動したいという欲求を高め、不正行為への誘惑を減らすツールの研究をはじめたからだという。

 このレスト・モデルは、認知発達理論に従って、道徳の個人の認知認識は道徳的な成熟に達する、一連の発達のレベルを通して進化するとみなす。二つの資料(「ビジネスにおける倫理的問題にかんする個々の意思決定プロセスのモデル」「倫理的決定をどのように行うか)によれば、レストは倫理的な行動が単一の意思決定プロセスの結果ではなく、認知構造と心理的なプロセスの組み合わせからの結果であるとして、倫理的な問題に関連する推論プロセスを四つの成分コンポーネントからなると考えた。①道徳的感性(認識)、②道徳的判断(推論)、③道徳的フォーカス(動機)、④道徳的性格(アクション)――というのがそれである。

 まず、この倫理的問題への推論プロセスは、倫理的内容をもつ問題の識別がはじまる。この倫理的感受性は、問題の解決が他人の幸福に影響をおよぼすかもしれないという意識に関連する。個人が倫理的内容を含む問題を特定した後、その個人は特定の状況で起こるべき理想的な結果を評価する推論の過程に入る。つまり、倫理的問題の解決のために何をすべきかの判断に関係することになる。その後、個人は「倫理的な選択」対「他の決定の選択」の価値などの問題について、行動すべきかどうかを熟考する。そして、意識的な選択として行動するのである。

 このレスト・モデルにしたがって、具体的な実験をした結果、「組織は、目標をより広く定義し、従業員が公正で比較的達成可能と感じるレベルの目標を設定することで、意図的な非倫理的行動を減少させる可能性があることが示唆されている」と結論づけている。この結論に従えば、日本郵政傘下のかんぽ生命保険の不適切販売の背後にあった厳しいノルマが非倫理的行動を促す一因となったとみなすことができる。

非意図的な非倫理的行動

 論文は、非意図的な非倫理的行動についても論じている。ここで重要なのは、重要な情報に気づく能力に限界があることから生じるバイアスのために、自分の判断が影響されているという事実である。「暗黙の偏見」や「利益相反」に気づいていないことで、非意図的な非倫理的行動を引き起こすのである。

 ここでいう「暗黙の偏見」とは、意識的に偏見をもたないように努力している人でさえ克服するのが難しい固定観念的な

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