メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

米大統領選の闇と中国民主化運動のヒーローの正体 怪物、郭文貴の謎/上

アメリカの選挙を泥沼に変えていくフェイクニュースの核心地帯には誰がいるのか

清義明 ルポライター

 前代未聞の混乱をひきおこした2020年のアメリカ大統領選挙に決着がつこうとしている。

 この選挙では様々なフェイクニュースとデマが飛び交った。大統領の報道官や側近となっている近親者はおろか、本人までもが開票結果に陰謀があったとして真偽定かならぬ情報をネットで流してはばからない。

 トランプと書かれた投票用紙が燃やされたり捨てられたりしているとの写真や動画がネットに飛び交い、州兵が開票作業に介入したというようなデマが、大手保守系メディアにまで掲載される。その都度、選挙管理委員会や州政府が否定するものの、いちど広がったデマは事態を収拾するのに、その何倍もの時間がかかる。そして、日本でも不正選挙があったかのような論調がまかりとおってしまう。

 選挙の終盤にアメリカで騒ぎとなった、様々なバリエーションを変奏させながら、次々とあらわれる民主党の候補者のジョー・バイデンの息子の「疑惑」は、代表的なものだ。虚実が判別つかないまま、バイデンに対するトランプ支持者はこれを拡散する。

 ここからが本題である。

 この疑惑のかなりの部分が、郭文貴という中国民主化運動のヒーローとみなされたことのある男と、そしてかつてのトランプ大統領の生みの親ともいえる選挙対策本部長、のちの大統領首席戦略官だったスティーブ・バノンとその一派から発信されたことに日本で気づいている人は、どれくらいいるだろうか。

 次々と現れては、アメリカの選挙を泥沼に変えていくフェイクニュースの核心地帯には何があって誰がいるのか。そしてこれが郭文貴という男といかなる関係があるのか。

 まずは日本で起きた不思議な出来事からたどっていこう。

郭文貴とは何者なのか

ニューヨーク中心部で築90年の由緒あるホテルの上層階に居を構える郭文貴氏=2017年4月28日

 10月某日の昼下がり、兵庫県川西市役所前は少し異様な光景だった。

 青いポロシャツを着た女性たちが、数人の黒いサングラスの男性とともに正面玄関にむかって居並んでいる。手にはおのおのプラカードをもっている。

 その姿をビデオで撮影するものが2名いて、そのうちに市役所にむかってシュプレヒコールを開始した。

 「中国共産党の潜伏者を関西から叩き出せ!日本から叩き出せ!」
 「中国共産党のスパイの支持者を締め出せ」

 この団体は右翼団体ではない。さらには最近では力を失いつつある在特会のような差別排外主義団体でもない。

 よくよくシュプレヒコールを聞いてみると、その言葉が日本人のものではないことがわかる。注意しないと聞き取りにくい単語もある。

 この抗議運動は中国人によって行われているのだ。

 中国人が中国共産党批判? スパイ? そうすると、中国から亡命してきた反中国共産党の民主活動家の団体と思われる人もいるだろう。

 しかし彼らが「中国共産党のスパイとその支持者」として攻撃しているのは、日本でも右派界隈ではそれなりに知られている反中国共産党の民主化運動を進める右派の市会議員の女性である。そのため市役所がターゲットになったのである。

 彼女は中国共産党を敵対視し、ウイグルやチベットの人権運動をすすめる右派政治団体のメンバーのひとりである。それが「中国共産党のスパイ」と中国人とおぼしき人たちから抗議運動をされているのである。

 「私も本当の理由はわからないですし、説明が難しいんですよ・・・」

 市役所前で抗議活動された中曽ちづ子市会議員(N国党所属)は困惑気味に答えた。

 「ご存じのとおり、私はウイグルやチベットの民主化問題から政治運動に関わるようになってます。もちろん反中国共産党なわけです。市役所の人にどういうことかと説明を求められますが『つまり同じ考えの人たちの仲間割れみたいなものですか?』と内輪もめのように言われてしまう。しかも私がスパイとか・・・。だからといって、説明しようとしても、郭文貴と言っても日本では誰も知らないのでなんともなんです」

 この郭文貴とは何者なのか。

 中曽ちづ子が体験したような抗議運動がアメリカで次々と行われている。ターゲットはアメリカの亡命中国人や反中国共産党の中国民主活動家である。これが実はこの郭文貴によって扇動されたものとされている。中曽への攻撃は、⽇本⼈に向けられたものとしては確認された最初の事例である。そして、中曽に先立ち日本の中国人民主活動家も同じような攻撃にあっている。

 しかし話はここに収まらない。

 ではここから登場人物とその関係のアウトラインをたどりながら話を進めていく。

反中国共産党の海外在住中国人のヒーローに

 郭文貴はアメリカに事実上亡命状態である中国の富豪である。

 中国の高度成長の時代に裸一貫で成り上がった不動産業者として富をなした。彼の話を総合すると、この時代の中国で幅をきかせている、いわゆる政商のようなものだったらしい。ところが、彼が頼っていた政府高官が習近平による汚職一掃運動に巻き込まれて失脚した。郭はこれに連座させられそうになったのだろう。アメリカに2015年に事実上の亡命。その高官は収賄罪で無期懲役。さらには郭自身もこれに関する様々な嫌疑により、やはり収賄などの罪に問われて国際指名手配になった。

 郭はアメリカで優雅な暮らしを始めた。財産をどうやって海外に持ち出したかはわからない。ニューヨークの彼の自宅として知られていたマンションは、セントラルパークに面した超一等地。豪華絢爛で知られる「トランプタワー」のワンブロック先でもある。そのマンションの価格が

・・・ログインして読む
(残り:約5807文字/本文:約8101文字)