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感染急拡大のヨルダン政府が陥るディレンマ

[9]感染対策を口実にしたメディア、教員への弾圧

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 ヨルダンは東にイラク、北にシリア、西にイスラエルとパレスチナ自治区、南にサウジアラビアと、それぞれ中東危機の震源を抱えた国々に囲まれ、湾岸戦争、イラク戦争、「アラブの春」、シリア内戦と、中東を襲った戦争、紛争、政変の中で国を維持してきた。新型コロナに対しても当初、持ち前の危機管理で感染を抑え込んできたが、9月以降、急激に陽性者、死者が増えている。

 この連載の第1回に掲載した9月5日時点での中東各国のコロナ感染状況を示す図表では、ヨルダンは確認陽性者2301人、死者16人で、死者は中東で最小だった。ところが、11月5日時点での陽性者は9万1234人、死者は1029人。2カ月で、陽性者は40倍、死者は64倍となった。

レバノンの新型コロナウイルス感染状況(2020年10月29日時点) 出典:世界保健機関拡大ヨルダンの新型コロナウイルス感染状況(2020年11月5日時点) 出典:世界保健機関

 ヨルダンでは3月2日に最初の感染者が確認された後、2週間、新たな感染者は発表されなかった。だが、3月14日にラッザーズ首相は「世界での急速な感染拡大が国内に及ぶのを阻止するため」としてコロナ対策を発表、すべての国境と空港や港を閉鎖し、外国との通行を停止した。さらに翌15日から幼稚園、小学校から大学まですべての教育機関を閉鎖し、すべての行事と葬式、結婚式を含むすべての集会も禁止し、「必要な外出以外は自宅にとどまるように」と呼びかけた。

 突然の外出自粛に応じない人々が多かったため、アブドラ国王は3月17日に「国家防衛法」を認める勅令を出し、首相が戦争や災害時に出す非常事態宣言を発令した。18日には全土に戒厳令を発出し、軍を出動させた。さらに21日から外出禁止令を布告した。民放のロヤテレビによると、外出禁止初日に少なくとも392人が外出したとして逮捕された。

 ヨルダンはコロナ感染の拡大を食い止めるため、中東で最も素早く、最も強硬なロックダウン(都市封鎖)を行った国である。中東でほとんど目立たない小国だが、絶対君主のアブドラ国王のもとで、強固な治安情報機関によって国内の治安を守っている。コロナ感染に対する素早い対応も、公衆衛生の問題というよりも、文字通り戦時体制のような国内治安の危機対応という色合いが強い。


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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