バイデン氏の勝利が確実に。日本にとってより重要なのはアメリカの対中軍事政策だ
2020年11月08日
2020年11月3日、一般投票の投開票が始まった米大統領選。日本では、報道する人間の中にもあまりよく理解していない者がいるように見受けられるが、この一般投票では、18歳以上の有権者が州ごとに自分たちの代表となる選挙人を選ぶ。そして、12月14日に、各州の選挙人が大統領候補に投票する。大統領は、一般投票の得票数ではなく選挙人の数で決まるのであり、過半数の選挙人を制した候補者が次の大統領となる。
ただし、選挙人がどの大統領候補に投票するかは、あらかじめ分かっているので、一般投票で事実上の勝敗が決まるというわけなのだ。ちなみに、前回2016年の米大統領選では、7人の選挙人が予定と違う候補に投票したが、結果には影響しなかった。
米大統領は行政府の長であり、超大国の外交責任者である国家元首であり、世界最大の軍隊の最高司令官である。だが、今回の選挙で大統領になる者が問われているのは政策ではない。アメリカ社会の深刻な分断にどう対処するかだ。
他方、深刻な国内の分断にもかかわらず、ほぼ唯一、合意が形成されている政策がある。それは中国に対する軍事的な対抗だ。
本稿では、何がアメリカに分断をもたらしているのか。そのなかで超党派の合意形成がなされている対中軍事政策が、日米関係にどのような影響をもたらすのかについて見ていきたい。
今回の大統領選の最大の争点は、「ドナルド・トランプかそうでないか」。4年前に「バラク・オバマ路線かそうでないか」が争われた、米大統領選と同じだ。これは、保守とリベラルの分断が深まっていることを示している。
ニューヨーク・タイムズ紙の2020年米大統領選の出口調査によれば、自身を「保守」だと答えた投票者(全投票者の37%)の84%が現職のトランプ大統領に、「リベラル」だと答えた者(全体の24%)の89%が民主党候補で元副大統領のジョー・バイデン氏に入れた。一方、「中道」だと答えた者(同40%)では33%がトランプ大統領に、64%がバイデン氏に投票している。
また、「共和党支持者」だと答えた投票者(全体の35%)の93%がトランプ大統領に、「民主党支持者」だと答えた者(同37%)の94%がバイデン氏に入れた。
報道では、共和党支持者だがトランプ大統領に投票しない意思を表明した、リチャード・アーミテージ元国務副長官など歴代の共和党政権の元高官たち、ミット・ロムニー上院議員、故ジョン・マケイン上院議員の家族が注目を集めた。とはいえ、ニューヨーク・タイムズ紙調査によれば、「保守」の14%、「共和党支持者」の6%しかバイデン氏に投票していない。つまりバイデン氏は、超党派の支持を集めたとはいえないのだ。
オバマ前大統領とバイデン氏は、エリートでリベラルな思想を持つ中央政界の経験者だ。彼らに共感できないのは、白人の中でも地方に住む、低学歴で貧しく思想的には保守の人々である。そうした白人は、戦後二度の石油危機をへた産業構造の変化、経済のグローバル化、IT革命に対応できず、不安定な生活と収入の低下に苦しんできた。
落ち目の白人たちは、黒人に対するアファーマティブ・アクション(積極的格差是正)や生活補助を「特権」や「不正」だと感じ、増大する移民を自分たちの雇用を奪う存在と見なす。くわえて、人口に占める白人の割合が減少の一途をたどり、2040年度には過半数を下回ると予測されていることから、白人が少数派となることを恐れている。
オバマ前大統領は、医療保険制度改革や移民受け入れの維持などを断行することで、かえって保守とリベラルの分断を推し進めてしまった。トランプ大統領は、「オバマのリベラルなアメリカ」に不満や不安を持つ白人をあおることで、4年前の2016年、政治経験なしで大統領に当選する。裏を返せば、オバマ大統領なくしてトランプ大統領は生まれなかったといえよう。
バイデン氏はオバマ前大統領とは逆に、中道的な政策を意識し、幅広い支持を獲得しようとしてきた。だが、そうした努力と裏腹に、2020年に入って起きた、コロナ感染拡大や黒人差別に抗議するブラック・ライブズ・マター(BLM)運動もまた、アメリカ社会の分断を深刻化させる方向に働いている。
当初、これはトランプ再選に有利にはたらくという見方が強かった。しかし、11月7日、ペンシルヴェニア州で勝利をおさめたバイデン氏の獲得選挙人が273人となったことから、バイデン氏の当選は確実となる。彼を新大統領へと押し上げたのが非白人票、とりわけ若者票である。
ニューヨーク・タイムズ紙調査によれば、白人(全投票者の65%)の57%がトランプ大統領、42%がバイデン氏に投票した。これに対して、黒人(全体の12%)の87%、ヒスパニック・ラテン系(同13%)の66%、アジア系(3%)の63%、その他のマイノリティ(6%)の58%がバイデン氏に投票している。いずれの人種も、男女間で大きな差はない。
つまり、全投票者の35%にあたる非白人の72%が、バイデン氏に投票したわけだ。BLM運動に黒人にとどまらず多くの非白人が参加したのと同様の動きが、大統領選でも起きたことになる。
また、30歳以上の世代では、同世代におけるトランプ大統領とバイデン氏への投票率がほぼ拮抗したのに対して、18~29歳(全投票者の17%)の35%がトランプ大統領に、62%がバイデン氏に投票している。ただし、白人では29歳以下の51%がトランプ大統領、46%がバイデン氏に投票しており、若者票がバイデン氏に流れたのは非白人特有の現象といえる。実際、29歳以下の黒人の90%、ラテン系の69%、その他マイノリティの59%がバイデン氏に入れた。
重要なのは、2016年の米大統領選で投票しなかった人が、今回の選挙では投票に行ったことだ(全投票者の11%)。彼らのうち37%がトランプ大統領に、61%がバイデン氏に入れており、バイデン氏が前回棄権した有権者の票を掘り起こしたかたちだ。今回の米大統領選が史上最高の得票数を記録したゆえんでもある。
安倍晋三・菅義偉の両政権は一貫してトランプ再選を期待する言動をとってきた。4月10日に米外交雑誌『アメリカン・インタレスト』上に掲載された、YAと名乗る匿名の日本政府高官が書いた「敵対的な対中戦略の美徳」と題した論文は、中国の南シナ海・尖閣進出を黙認したオバマ政権の、「きちんとしているが曖昧な戦略」よりも、中国に警告を与え、北朝鮮に最大限の圧力をかけ、同盟国と共に戦略を決定するトランプ政権の「雑だが正しい戦略」の方がよいと主張。日本政府が望むのは、オバマ政権の副大統領だったバイデン氏ではなく、現職のトランプ氏が11月の大統領選で勝つことだと示唆した。
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