バイデンは国内の分断を緩和し、世界のリーダーシップを取り戻せるのか
2020年11月11日
11月8日に行われたバイデン・ハリスの勝利宣言を聞いた。これまで大統領選挙のたびに何度もリアルタイムで勝利宣言を聞いてきたが、今回ほど感動したことはなかった。
77歳のジョー・バイデンと黒人女性カマラ・ハリスはいずれも勢いがある声で、言葉を選び、結束を呼び掛けた。アメリカは万人に機会を提供しうる国であると語り、とても理念的な演説だった。
史上最高齢で大統領となる人物と史上初の副大統領になる黒人女性の宣言であり、一層印象的だった。それはトランプ大統領の虚構に満ちた自己主張とは対照的であり、アメリカだけではなく世界が待ち望んでいたものであったのだろう。
しかし、この異様な大統領選挙がもたらしたアメリカという国の傷を癒すのは容易なことではない。バイデンは待ち受ける幾つかの重要な課題を克服できるのだろうか。
従来敗者から勝者への電話と敗北宣言が勝利宣言に先立つが、トランプ大統領は敗北を認めず法廷闘争を止めないという。
ただ再集計しても複数の接戦州において万人単位の選挙人数の差をひっくり返すのは不可能であろうし、郵便投票の不正を訴えるためには組織的な不正の証拠が必要になろう。12月8日の選挙人確定、或いは明年1月6日の連邦議会での選挙結果確定の日程をにらみ選挙人確定を遅らせ、下院での各州一票の選挙(そこではトランプ勝利が想定しうる)に持ち込めるという意識なのか。
米国の憲法の下でのプロセスにかかわることであり評論すべきことではないが、やはり米国の多くの人々はトランプ大統領、或いはその家族、そして議会共和党指導者がこれからの世論を見極め、名誉ある撤退をするという判断がなされるべきだと考えているに違いない。
もしトランプ大統領が根拠なく不正な選挙であるとトランプ支持者を煽り続ければ、暴力的衝突も現実になってしまうのかもしれない。
トランプ大統領が敗北を認めず法廷闘争を続けるということであれば、通常就任式までの期間に政府関係部門で行われる政権移行の作業もスムーズに行われることはないだろう。
さらにもっと深刻な問題は1月20日の新大統領の就任式までの2カ月余の間、トランプ大統領は引き続き大統領の座にあるが、通常去っていく大統領は次の大統領の職務に影響を与える政策は行わないという常識が守られるのかどうかである。国内施策は議会との関係があり出来ることは限られているが、対外政策については大統領の専権的な行動が可能だ。
いずれにせよ大統領選挙のプロセスが出来るだけ早期に終わることが重要だ。
トランプ大統領は2016年の選挙から一貫して、米国に長年存在する分断を解消しようという努力をするわけではなく、トランプ大統領の支持層に対して語り、更なる支持を求めてきた。分断は所得格差(中産階級の減少と貧富の差の拡大)、人種(白人と非白人)、地理的(国際的社会に外向きな傾向の強い東部西部の沿岸部と内向きになりがちな内陸部・南部)、世代(ベビーブーマーとミレニアル・Z世代)、党派(保守党と民主党)など多方面に及ぶ。
トランプ大統領はSNSを使い、言葉を選ばず時には虚構に基づく主張を行ってきた。そのような姿はこれまで抑圧されてきたと感じる社会の非エリート、特に白人がマイノリティーになっていく恐怖心を抱く人々(2045年には非白人が白人人口を超えると見通される)の鬱積したフラストレーションを解き放ったのだ。
トランプ大統領が分断を作ったわけではないが、米国社会に存在する分断をさらに深めたということは言えよう。
バイデンは「United States of America」と何度も繰り返し、自己の職務は大統領として国民全部に仕えることであり、結束を確保することだと何度も繰り返した。
オバマ大統領も2008年の勝利演説でアメリカは一つになることが出来ると高らかに宣言したが、現実は厳しかった。多様性豊かなアメリカで分断を緩和していくのは至難ではあろうが、貧富の格差や人種差別を解消していくうえでは民主党の政策は効果的な反面、リベラル色の強い政策はトランピアンと言われる右派の反発を買い、分断はますます厳しくなろう。
他方、2020年選挙で大統領選挙は民主党の勝利に終わったが、議会選挙では上院でも下院でも両党の拮抗という結果を生んでいる。上院の最終結果は明年1月を待たねばならないが、共和党が多数を維持するのではないかとの見通しも強い。下院は民主党多数であるが、共和党は議席を増やし、差は縮まった。
2008年のオバマ大統領を誕生させた選挙でも、2016年のトランプを生んだ選挙でも上下両院とも大統領と同じ政党が多数を占めた。その結果、新しい大統領が自らの政策を議会の支持を得て強力に進めることが出来、オバマケアやトランプ減税は実現した。しかし今回はそうではなく、政策を進めるにあたっての議会対策は容易ではなかろう。
36年間の上院議員経験を持ち、民主党の中道穏健派といわれるバイデンはむしろ超党派の政策を進めるうえで適任の人物なのかもしれない。勿論、コロナ対策、所得増税、インフラ投資、環境政策など選挙公約は重視するのだろうが、共和党との妥協の上で進めていかざるを得ない。民主党をまとめていくうえでサンダース上院議員ら民主党左派への配慮も欠かせないが、左派色の強い閣僚候補は上院の承認を得るのも難しいのだろう。
ある意味、エリートの政治から庶民的な政治へとアメリカの政治風土を転換させたが国内の分断を一層深めてしまったトランプ大統領から、中道穏健派で老練な議会政治家バイデンへの変化は、歴史的必然だったのかもしれない。ネオコン政治と言われたブッシュ、リベラル色の強いオバマ、非エリート政治を展開したトランプへと移り変わり、今、バイデンの政治はアメリカ社会を落ち着かせるに違いない。
トランプのアメリカは「アメリカ・ファースト」を掲げ、自由民主主義のロールモデルを損ない、世界のリーダーとしての地位を危うくした。折から米中対立は激しさを増しており、米国がリーダーシップを再確立することが民主主義社会にとって必須である。
まず、トランプ大統領の極めて個人的な首脳間の関係を中心とし、ツイートによる直感的ともいえる対外関係へのアプローチは大きく変化する。
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