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カルロス・ゴーンは復讐の鬼モンテ・クリスト伯になるのか、それとも……

無罪を主張した著書『真実の時』がフランスで話題。公式サイトでも反撃姿勢を示して

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

 カルロス・ゴーンが無罪を主張した著書『真実の時』がフランスで話題を呼んでいる。ゴーンは最近、公式サイトも開設し、“逮捕日”の内幕を明かすなど反撃の姿勢を示している。

 知人、友人らの陰謀で無実の罪で投獄されたが脱獄に成功し、彼らに復讐を果たしたモンテ・クリスト伯の現代版を狙っているのか。それとも、日仏の大企業トップとして君臨しながら、両国政府からも見放された「地に堕ちた英雄」で終わるのか。今後の展開が注目される。

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が立ち上げた公式サイト

フランスで“ベストセラー”中の『真実の時』

 フランスは目下、新型コロナウイルスが再び拡大、春に続いて2度目の「外出禁止令」(10月30日~12月1日)が発令され、書店も閉鎖中だ。だが、メディアや関係者の間では、『真実の時』(グラセ社、480ページ、仏人ジャーナリストフィリップ・リエとの共著)が米大統領選関係の書物とともに”ベスト・セラー“中で、注文・ネット販売で大売れだという。

 同書を刊行した理由について、ゴーン自身は「私を標的にした私個人に対する過度の難癖・中傷と破壊の後に許された防衛の書」(11月5日発売の週刊誌「L’OBS」との会見)として無罪を主張。2年前の2018年11月19日に羽田空港で逮捕されて以来の、日本・フランス両国の自動車大手のトップから被告人に転落した状況について、「この日、私の人生は情け容赦なく一変した」(週刊誌「ルポワン」とのインタビュー)と述べ、小菅拘置所の狭い畳敷きの独房での日本食ばかりの130日間の生活を、「暗黒」「(日本当局との)闘争」「苦痛」「尋問」「落下した深淵」と表現して、過酷さを強調した。

 100日を超える長期拘留に関しては、「フランスでは90日が限度。まったく信じられない」(ジャン=マルク・エレル元判事)と当初からその異常さが指摘されていた。この元判事は「無実を終始、主張しているゴーンを有罪にするには、自白が最も手っ取り早くて有効。自白狙いの長期拘留ではないか」「自白強要の精神的虐待、人権無視は、国際法では許されないこと」とも述べ、まるでゴーンの弁護士のようだった。テロ専門のジャン=ルイ・ブリュゲール元予審判事も、「フランスではテロリスト以外は考えられない長期拘留」と驚きを隠さなかった。

日本脱出劇に快哉を叫んだフランス人

 2019年4月25日に多額の保釈金を積んで出所した後も、弁護士などごく限られた人物との接触のみが許され、共犯者扱いの夫人や家族との接触も禁止され、「永遠の監視下」(元判事)に置かれた点に関しても「人権無視」(同)と決めつけたが、この事件の第1幕は「日本脱出」「逃亡」によってあっけなく幕を閉じた。

 日本では有名人のゴーンだが、フランスでは一般的には、ほぼ無名だ。劇的な脱出劇が伝わった日、シャンゼリゼ大通りでフランス人の反応を取材した日本の某テレビ局のフランス人助手によると、手始めにサラリーマン風の30代の男性に「カルロス・ゴーン、知っていますか?」と尋ねたところ、「ノン、知らない」とまったく興味を示さずにスタスタと去っていったという。その後も大半が同様の反応だったので、「困った」という。

 一方で、この助手はゴーンの脱出劇を知ったとき、「日本人には悪いけど、『やった!!』と拳を突き上げて快哉を叫んだことを白状した。アレクサンドル・デュマの傑作「モンテ・クリスト伯」を繰り返し映画化や舞台化して楽しんでいるフランス人なら、大いにありうる反応かもしれない。

日本を脱出してレバノンへ。インタビューを終え、部屋の入り口で待つ妻のキャロルさん(左)のもとへ歩く日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏=2020年1月10日、レバノン・ベイルート、竹花徹朗撮影

政府の「親方三色旗」的な態度を批判

 ゴーンが週刊誌「ルポワン」(10月28日号)の長時間インタビューでしばしば言及し批判したのが、「老いの日産」と「国営企業ルノー」の体質だ。特にフランスの伝統的な国家と企業との関係、すなわち「親方三色旗」的体質には手厳しい。

 ゴーンは、ブラジル(出生地)、レバノン(両親の国)、フランス(エリート校ポリテクニック=国立理工科学校=と、MINE=国立高等鉱山学校=で教育を受け、大手タイヤのミシュランとルノーで経営首脳)の3つのパスポートを持つが、半生を過ごしたフランスでも、ある種の“異邦人”としての客観的な視点から、フランス独自のこの「親方三色旗」的な体質が、気になるのかもしれない。

 別の言い方をするなら、ゴーンは日本とフランスでの大企業のトップをつとめながら、常に「外国人」という存在であり、いわば「三界に家なし」的な孤独な人生だったともいえる。かろうじて、少年時代を過ごしたレバノンが唯一、懐かしい心の故郷なのか。ゴーンは逮捕直前もベイルートを訪問し、少年時代の友人たちと過ごしている。逃亡先に同地を選んだのも、日本との犯罪引き渡し協定がないなどの条件だけではないように思える。

 日本では、「フランス人ゴーン」が仏企業ルノーによる日産合併を企てたために、危機感を抱いた西川社長以下、当時の日産首脳陣によって失脚させられた、との説が流布されているが、「レバノン人ゴーン」に言わせると事情は真逆だ。ルノーの日産合併はもとより、フランス政府のルノーへの介入にも抵抗してきたという。2012年に発足したオランド社会党政権時代、左派の伝統である、いわゆる「大きな政府」の基本的経済政策の下、政府による企業への介入が強まったことが背景にある。

 オランド政権下のフランスでは2014年3月、「フロランジ法」が施行されている。大手鉄鋼会社が経営不振からフランス東部フロランジの工場閉鎖と600人以上の工員の解雇を決めたのに対し、政府の介入によって閉鎖や解雇を阻止するのが目的だった。また、同法には、株の短期売買を禁じ「投資の長期化」を目指す条項もあり、株を2年間保持している株主に対し、株主総会で株1株に2倍の投票権が与えられた。

 当時、日産はルノー株の15%を所有していたが、同法施行により日産が30%の株を所有する状態になった。ゴーンは「(日産との)アライアンスが複雑になる」「ルノーの日産に対する支配権が減少する」などを口実に、自由経済に反する社会主義的な法律に反対したが、経済相マクロン(当時)をはじめ、「ベルシー(経済省や予算省などが入っているパリの経済省地区)の高級官僚は誰も理解しなかった」という。

 ゴーンは「国家の恒常的プレゼンスよって成功した企業の例を一社も知らない」と断言、フランスの「親方三色旗」的な態度を批判している。2017年に大統領に就任したマクロンとゴーンとの関係が必ずしも良好ではないのは、この一件が理由というのがフランスでの一般的認識だ。

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