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「ナゴルノ・カラバフ戦争」が終結:アルメニアの敗北とロシアの痛手

旧ソヴィエトでのロシアの影響力低下が世界全体におよぼす地政学上の変化は

塩原俊彦 高知大学准教授

 2020年9月27日からはじまった「ナゴルノ・カラバフ戦争」は、11月10日夜のアゼルバイジャン、アルメニア、ロシアの首脳による、紛争地域での敵対行為を終わらせるための合意文書への署名でひとまず終結されることになった。合意はアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領、アルメニアのニコル・パシニャン首相、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が署名したもので、アリエフがこの合意を「アルメニアの事実上の軍事的降伏」と呼んだように、アルメニアの敗北を強く印象づける内容になっている。

 問題は、コーカサスにおける紛争がロシアに与えた打撃であり、旧ソヴィエト空間に対するロシアの影響力の低下が世界全体におよぼす地政学上の変化にある。

合意の内容

 まず、合意された内容について説明しよう。これを理解するためには、10月6日に公表した拙稿「ナゴルノ・カラバフ紛争の背後にトルコ」でも紹介した、The Economistから引用した図1をみてほしい。

拡大図1 コーカサスの一部としてのアルメニア、アゼルバイジャン、ナゴルノ・カラバフ
(出所)https://www.economist.com/europe/2020/10/03/war-returns-to-nagorno-karabakh

 この地図からわかるように、ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン国内に位置する飛び地として存在する。この地域を事実上、アルメニアが支配してきたわけだが、今回の合意で、図2に示されたように、アルメニアは事実上コントロール下に置いていたナゴルノ・カラバフ以西のアルメニアと挟まれた地域を失うことになるだけでなく、ナゴルノ・カラバフの南部なども放棄せざるをえなくなった。

拡大図2 アルメニアとアゼルバイジャンの合意内容
(出所)https://www.kommersant.ru/doc/4566102

 図2について詳しく説明しよう。図の紫色で塗られた部分は「戦闘開始によってアゼルバイジャンが占領した地域」だ。縦の紫色の線で示された地域は「12月1日までにアゼルバイジャンに移行される地域」である(東側のアグダム地区は11月20日まで、西部の北半分のケルバハル地区は11月15日まで、南半分のラチン地区は12月1日までに返還)。緑色の部分が新しい「ナゴルノ・カラバフ」ということになり、それはオレンジ色の点線で囲まれている。その範囲内に、合意にしたがって、ロシアの平和維持部隊が配備されることになる。

 黄色の実線はナゴルノ・カラバフの首都ステパナケルトからアルメニアの首都エレバンに向かう既存の道路を表している。だが、アゼルバイジャン人にはシュシャ、アルメニア人にはシュシと呼ばれているとステパナケルトを見下ろす高台が11月8日にアゼルバイジャン軍の統治下に入った。このため、今後、アルメニアとナゴルノ・カラバフを結ぶアクセスを確保するため、新たに黄色の点線で示された道路(幅5キロメートルのラチン回廊)が建設される。他方で、アゼルバイジャンの支配下に移るザンゲランなどの南部とアゼルバイジャンの飛び地にあるナヒチェヴァニを結ぶ道路(紫色の点線)も建設される。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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