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体温の自動測定は違法…コロナ禍でも守るべき様々な権利を示すフランスの裁判所

自由が制約される場合の裁判所の役割について考える【2】

金塚彩乃 弁護士・フランス共和国弁護士

 前回「緊急事態宣言下のフランスで行政裁判所がフル稼働したワケ」では、フランスには国から何らかの権利が侵害された場合のために「自由権緊急審理手続き」という特別な手続きがあり、基本的人権が著しく侵害されていれば、行政裁判所が48時間以内に救済命令を出すことになっていること。この手続きが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた3月の緊急事態宣言発令以降、多いに用いられ、通常は年間で200件程度だったのが、今年は3月から6月の間だけで300件以上の申し立てられていること。行政裁判所の権限がどこまで及ぶのかなどについて書いた。

依然として不安な状況が続くフランス

 コロナ禍におけるフランスの緊急事態宣言は、「公衆衛生上の緊急事態」として3月23日に法律で制定されたものである。5月11日には法律で期間を延長。7月11日には、10日に終了することとなっていた緊急事態宣言後の経過措置について立法がなされ、さらにその経過措置の延長が検討されるなか、10月14日付で緊急事態が16日から再度発令されることとなってしまった。しかし、これでは不十分であるとして、さらに緊急事態宣言を延長することを可能にするための法律が現在、準備されている。

 いまのところ、緊急事態宣言は2021年2月16日まで延長され、4月1日まで緊急事態宣言解除後の経過措置を継続することができるようになる見通しである。外出禁止令、いわゆるロックダウンは現在12月1日までの予定だが、延長される可能性も十分にある。フランス人にすれば、心待ちにしている家族と過ごすクリスマスをどのように祝うことができるか、懸念は募るばかりだ。一方、さまざまなお店にとっても、クリスマスは最大のかきいれ時。経済的な問題も先が見通せない。

 依然として、フランスは不安な状況だ。そんななか、どこまでなら自由が守られるのか。今回は、上記の300件以上の裁判のなかで行政最高裁(コンセイユデタ)が出したものの中から目を引くものや、どのような権利が重視されているかという観点から考えてみたい。

人影がまばらになったパリのシャンゼリゼ通り=2020年10月30日、疋田多揚撮影

重点を置いて議論されたふたつの権利

 まず、コロナ禍の自由の制約の中で、フランスで重視された権利から見ていこう。

 ロックダウンに伴い店舗の営業ができなくなったことから、営業の権利なども重視されたのはもちろんだが、これについては政府が可能な範囲で補償をしている(不十分だという声は大きいが……)。それとは別に、とりわけ重点を置いて議論されたのは、以下の権利である。

・行ったり来たりする自由(あるいは往来の自由)
・通常の家族生活を送る権利

 ロックダウンで、行ったり来たりする権利は当然、制約される。そんななか、行動の自由がどこまで許されるかが焦点となった。

 「移動の自由」ではなく、「行ったり来たりの自由」「行ったり来たりする自由」という言葉をあえて使っているのは、①フランス語の表現に近いこと(liberté d’aller et venir)②「移動の自由」だと「どこからどこまでの自由」という大上段に構えた自由が意識されてしまいがちだが、「行ったり来たり」はもっと広く、単に出歩いたり、目的もなくうろうろするような、私たちの日常の取るに足りないような自由も含まれる――からだ。

 たとえばロックダウンのさなか、例外的に認められる外出の際に自転車に乗れるかということが争われた裁判があった。裁判所は自転車の利用について、「行ったり来たりする自由と個人の自由の尊重の権利に基づき保障される」と判断している(コンセイユデタ4月30日判決)。

 行ったり来たりの自由にからみ、マスクの着用の義務化についての議論もなされた。マスクの着用なしに外出できないことは、この「行ったり来たり」する自由を侵害するものだという主張に対し、裁判所は「マスクの着用の義務化はこの自由を侵害するが、現在の特別な状況からはやむを得ない」と判断している。

 普段からマスクに慣れている日本の私たちからすると、マスクの着用(しかもコロナ禍のなかで)が何らかの権利侵害なるという感覚は乏しい。だがフランスにおいては、基本的な視点として、マスクの着用義務化が、「マスクをしたい/したくない」という自由の観点からではなく、行動制約の観点から原則として憲法違反であるが、コロナ禍のなかでは正当化されるという論理枠組みを使っていることが興味深い。

 これとの関連で、「人身の自由」も重視された。身柄の拘束は裁判官の令状によってのみ可能となるという考え方を踏まえ、感染者の行動制約にも裁判官の許可が必要ではないのかという議論である。実際、感染者や感染が疑われる人の隔離措置については、一定期間経過後は裁判官の関与が必須となっている。

 もうひとつの「通常の家族生活を送る権利」は、日本ではあまり主張されることがない。しかし、フランスそしてEU法においてこの権利は大変重要であり、

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