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体温の自動測定は違法…コロナ禍でも守るべき様々な権利を示すフランスの裁判所

自由が制約される場合の裁判所の役割について考える【2】

金塚彩乃 弁護士・フランス共和国弁護士

重点を置いて議論されたふたつの権利

 まず、コロナ禍の自由の制約の中で、フランスで重視された権利から見ていこう。

 ロックダウンに伴い店舗の営業ができなくなったことから、営業の権利なども重視されたのはもちろんだが、これについては政府が可能な範囲で補償をしている(不十分だという声は大きいが……)。それとは別に、とりわけ重点を置いて議論されたのは、以下の権利である。

・行ったり来たりする自由(あるいは往来の自由)
・通常の家族生活を送る権利

 ロックダウンで、行ったり来たりする権利は当然、制約される。そんななか、行動の自由がどこまで許されるかが焦点となった。

 「移動の自由」ではなく、「行ったり来たりの自由」「行ったり来たりする自由」という言葉をあえて使っているのは、①フランス語の表現に近いこと(liberté d’aller et venir)②「移動の自由」だと「どこからどこまでの自由」という大上段に構えた自由が意識されてしまいがちだが、「行ったり来たり」はもっと広く、単に出歩いたり、目的もなくうろうろするような、私たちの日常の取るに足りないような自由も含まれる――からだ。

 たとえばロックダウンのさなか、例外的に認められる外出の際に自転車に乗れるかということが争われた裁判があった。裁判所は自転車の利用について、「行ったり来たりする自由と個人の自由の尊重の権利に基づき保障される」と判断している(コンセイユデタ4月30日判決)。

 行ったり来たりの自由にからみ、マスクの着用の義務化についての議論もなされた。マスクの着用なしに外出できないことは、この「行ったり来たり」する自由を侵害するものだという主張に対し、裁判所は「マスクの着用の義務化はこの自由を侵害するが、現在の特別な状況からはやむを得ない」と判断している。

 普段からマスクに慣れている日本の私たちからすると、マスクの着用(しかもコロナ禍のなかで)が何らかの権利侵害なるという感覚は乏しい。だがフランスにおいては、基本的な視点として、マスクの着用義務化が、「マスクをしたい/したくない」という自由の観点からではなく、行動制約の観点から原則として憲法違反であるが、コロナ禍のなかでは正当化されるという論理枠組みを使っていることが興味深い。

 これとの関連で、「人身の自由」も重視された。身柄の拘束は裁判官の令状によってのみ可能となるという考え方を踏まえ、感染者の行動制約にも裁判官の許可が必要ではないのかという議論である。実際、感染者や感染が疑われる人の隔離措置については、一定期間経過後は裁判官の関与が必須となっている。

 もうひとつの「通常の家族生活を送る権利」は、日本ではあまり主張されることがない。しかし、フランスそしてEU法においてこの権利は大変重要であり、

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筆者

金塚彩乃

金塚彩乃(かねづか・あやの) 弁護士・フランス共和国弁護士

弁護士(第二東京弁護士会)・フランス共和国弁護士(パリ弁護士会) 中学・高校をフランス・パリの現地校で過ごし、東京大学法学部卒業後、弁護士登録。再度、渡仏し、パリ第2大学法学部でビジネスローを学び、パリ弁護士会登録。日仏の資格を持つ数少ない弁護士として、フランスにかかわる企業法務全般及び訴訟案件を手掛ける。2013年より慶應義塾大学法科大学院でフランス公法(憲法)を教える。2013年、フランス国家功労賞シュバリエを叙勲。

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