メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アフター・トランプ、恐れるべきは保守中道の崩壊

民主主義の安定に不可欠な勢力は生き返るのか

三浦俊章 朝日新聞編集委員

 アメリカの主要メディアが民主党のバイデン候補の大統領当選確実で足並みをそろえ、各国の首脳が次々と祝意を表わす中、トランプ大統領は選挙に不正があったとして、なおも「敗北宣言」を拒み続けている。

 選挙前から予想された醜態ではあるが、より大きな問題は、共和党の指導者たちが大統領の弁護に回り、明らかな証拠がないのに民意の審判を否定していることだろう。アメリカン・デモクラシーの根幹である「手続きの正当性」を二大政党の一方が拒絶するという異例の事態になった。

 リンカーン以来多くの優れた大統領を出した共和党は、そこまでトランプ氏に乗っ取られたのか。深刻な事態である。健全な保守中道政党が崩壊するとき、極右勢力への歯止めがなくなってしまうからだ。

ワシントン記念塔に集まり「あと4年」と叫ぶトランプ支持者(11月7日、ランハム裕子撮影)ワシントン記念塔に集まり「あと4年」と叫ぶトランプ支持者=2020年11月7日、ランハム裕子撮影

トランプ氏が拒んだ「敗北宣言」の伝統

 2016年のアメリカ大統領選で、初の女性大統領を目指した民主党のヒラリー・クリントン候補は、急追したトランプ候補にまさかの敗北を喫した。クリントン氏は開票日のうちに、トランプ氏に電話して敗北を認め、翌日のスピーチでは、「彼がすべてのアメリカ国民のための大統領として成功することを願っている」「この国は私たちが思っている以上に深く分断されている。それでも私はアメリカを信じているし、今後も信じ続けたい。結果を受け入れて未来に目を向けよう。広い心でトランプ氏に国をリードする機会を与えなければならない」と語った。

 その8年前の2008年11月。民主党のオバマ候補に敗れた共和党のマケイン候補は、支持者を前に、オバマ氏に祝意を伝える電話をしたことを伝えた。そのとき会場から上がった大きなブーイングを制して、マケイン氏はこう続けたのだ。「長く困難な選挙戦を制したオバマ氏の能力と忍耐力に敬意を感じざるをえません」「今回の選挙は歴史的な選挙であります。アフリカ系アメリカ人にとって特別な意味を持つはずです。今夜、彼らの尊厳が現実のものとなったのです」

 当選確実が決まると、敗れた候補者が勝った候補者を祝する。この敗北宣言は、19世紀末にまでさかのぼるアメリカ大統領選の伝統である。それは単なる儀礼にとどまらない。選挙の結果を受け入れ、平和的な権力交代を保証する、これはアメリカ民主主義の柱である。

 その手続きをトランプ大統領は無視しているのだ。

 大統領は、激戦州の開票作業で不正があったとして、「左派が選挙を不正操作した」とツイート攻撃を繰り返している。裁判所に訴える法廷戦術にも打って出た。訴訟に必要な寄付を支持者に呼びかけている。

 だが、選挙における不正を示すような証拠は、これまでのところ、どこからも出ていない。各州の選挙委員会は不正の存在を否定。国土安全保障省の幹部も、大統領のいう選挙システムの不正というものはなかった、と断言している。日々、大統領の「陰謀論」は外堀を埋められつつある。

 だが、そういう中でも、与党共和党幹部の歯切れの悪さが目立っている。なぜ彼らはトランプ氏を擁護し続けるのか。

ホワイトハウス周辺でバイデン氏の勝利を祝う人たち(11月7日、ランハム裕子撮影)ホワイトハウス周辺でバイデン氏の勝利を祝う人たち=2020年11月7日、ランハム裕子撮影

ツイッター攻撃を恐れる共和党議員

 まず、上院共和党を束ねるミッチ・マコネル院内総務である。バイデン氏の当確報道から2日後の11月9日にこう述べた。

 「不正の申し立てを調査し、法的オプションを検討することは、大統領の100%の権利である」

 これは共和党の大多数の議員のスタンスでもある。だが、よく読むと、この発言は微妙だ。「選挙が不正だった」という大統領の主張をそのまま認めているわけではない。不正を訴えて追及する大統領の姿勢は、認めようということだ。

 この4年間、共和党の政治家たちが学んだのは、大統領の怒りに触れると、たちまちツイッター攻撃で血祭りになり、トランプ氏に熱狂する支持者たちに見捨てられるということだ。自分たちの政治生命が第1と考えれば、今回は気が済むまで大統領に怒りを爆発させればよいということだろう。共和党議員の中にも、徐々に「大統領は敗北を認めるべきだ」という意見が出てきているが、だれも大統領に鈴を付ける勇気がないようだ。

 次に副大統領のマイク・ペンス氏はどうか。まだ開票が続行中だった11月5日に、こうツイートしている。「私は大統領を支持する。すべての合法的な票を数えねばならない」

 ペンス副大統領は、2024年の大統領選出馬を考えていると言われている。大統領とともに葬り去られるのはごめんだが、かといって、熱狂的な草の根トランプ支持者の怒りも買いたくない。大統領とはつかず離れず、微妙なスタンスを保つ。その副大統領は10日、連邦議事堂で共和党上院議員を前に、選挙不正疑惑についてブリーフィングを行っている。だが、ブリーフを聞いた議員たちによると、副大統領の説明は各州の訴訟の状況だけで、不正の証拠は示されなかった。「すべての合法的な票が数えられたのか、不法な票が数えられていないのか、ということを確かめたい」という説明だったという。一方、ブリーフを受けた上院議員たちからも、とくにこの問題で追及はなかった。副大統領も上院議員たちも、「敗北宣言」の可能性には触れたがらないようだ。

トランプ大統領を支持する福音派は、保守派のバレット氏(右)の最高裁判事任命に熱狂した=2020年9月26日、ランハム裕子撮影トランプ大統領を支持する福音派は、保守派のバレット氏(右)の最高裁判事任命に熱狂した=2020年9月26日、ランハム裕子撮影

 では閣僚はどうか。トランプ氏に近いマイク・ポンペオ国務長官は11月10日に国務省で記者団にこう語った。

 「第2期トランプ政権にスムーズに移行する

・・・ログインして読む
(残り:約2215文字/本文:約4493文字)