「アリバイづくり」なら国民への裏切りになる
2020年11月16日
2020年10月24日、中米ホンジュラス が核兵器禁止条約を批准し、条約発効の要件である50カ国の批准という要件を満たした。条約は90日後の2021年1月22日に発効、すなわち法的な効力を持つことが確実となった。
被爆国日本でも核兵器禁止条約への関心は高い。広島・長崎の原爆の日に際し、両市市長はスピーチ内において4年連続で核兵器禁止条約に言及している。世論調査でも同条約に参加すべきとの声は根強い。
他方、アメリカによる「核の傘」を安全保障上の1つの柱としてきた日本政府の態度は頑なである。安全保障の専門家からも、核兵器禁止条約への日本の批准を危ぶむ声は大きい。
一部には、「入る・入らない」に次ぐ第三の選択肢として、核兵器禁止条約への「オブザーバー参加」を求める声も上がっている。例えば、ホンジュラス の批准に先立つ10月21日、公明党の山口那津男代表は茂木外相と面会し、同条約へのオブザーバー参加を求める要望書を提出した。10月26日の同条約に関する朝日新聞の社説でも、まず日本はオブザーバー参加すべしとの主張が展開されている。
一体「オブザーバー参加」とは何だろうか? 日本が参加することは可能なのだろうか? もし参加するならば、それは日本に何をもたらすのかだろうか?
そもそも核兵器禁止条約のオブザーバー制度とは何なのか? この制度は、同条約第8条5項に規定されている。実際の条文は以下の通りだ(外務省の仮訳に基づく)。
「5 締約国の会合及び検討のための会議には,この条約の締約国でない国並びに国際連合及びその関連機関の関連する主体,その他関連する国際的な機関,地域的な機関,赤十字国際委員会,国際赤十字・赤新月社連盟並びに関連する非政府機関をオブザーバーとして出席するよう招請する。」
「この条約の締約国でない国」もオブザーバーとして締約国会合や検討会議への出席は可能である。すなわち理論上は、日本の核兵器禁止条約へのオブザーバー参加は可能だ。
しかし、本当にオブザーバー参加へと舵を切って良いものか。筆者の懸念は2つある。
日本の核兵器禁止条約オブザーバー参加への第一の懸念は会議開催費用である。同条約第9条1項に基づき、オブザーバー参加国という発言力の1番小さな国にも費用負担は生じる。これも実際に条文を見てみよう。
「1 締約国の会合,検討のための会議及び締約国の特別会合の費用については,適切に調整された国際連合の分担率に従い,締約国及びこれらの会議にオブザーバーとして参加するこの条約の締約国でない国が負担する。」
国連の分担金で日本が占める割合は米中に次ぐ世界第3位で、約8.5%を占める。現時点での核兵器禁止条約の批准国は中小国が多い為、オブザーバー参加をするとなれば日本がかなりの部分の会議開催費用を負担する必要が生じる。単に会議開催費用を負担するのみならず、それに見合った核軍縮への貢献を行わねば、納税者への説明責任が果たせないであろう。「参加している」というアリバイ作りの為だけのオブザーバー参加であれば、それは納税者たる日本国民への裏切りに他ならない。
日本の核兵器禁止条約オブザーバー参加への第二の懸念は、他国、とりわけ同盟国と安全保障上敵対する国々に対し誤ったメッセージを発信しかねない事だ。何の説明も無しに核兵器禁止条約へのオブザーバー参加を果たせば、日本に「核の傘」を提供している米国との同盟関係に亀裂を生じされる危険性がある。中国、ロシア、北朝鮮といった日本と安全保障上対立する国々には、「日本は核の傘を離脱するのか」と捉えられる可能性がある。これは、それらの国々の日本への軍事行動の敷居を下げることに繋がる。極めて危険な状況だ。
米国との同盟関係を維持しながら核兵器禁止条約を批准することは理論上可能であるが、「核の傘」の下にいながら核兵器禁止条約を批准することは不可能である。それは、開発、実験、使用及び使用の威嚇といった禁止事項が列挙されている同条約第1条の(e),(f)項を参照すれば理解できる。
「(e) この条約によって締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき,いずれかの者に対して,援助し,奨励し又は勧誘すること。」
「(f) この条約によって締約国に対して禁止されている活動を行うことにつき,いずれかの者に対して,援助を求め,又は援助を受けること。」
日本が「核の傘」の下にいることは、核兵器の使用及び使用の威嚇を「援助」、「奨励」、「勧誘」し、「援助を求め」、「援助を受ける」ことを意味し、核兵器禁止条約第1条(e),(f)項への違反を構成する。従って、「核の傘」の下にいながら核兵器禁止条約に批准することは不可能なのだ。
日本の核兵器禁止条約オブザーバー参加において考えられる最悪のシナリオは、「未来永劫」締約国会合、検討会議のかなりの部分の費用を負担した挙句、さしたる核軍縮への貢献もできずに、米国との同盟関係と自国の安全保障環境を損なう、というものである。日本を決してそのような立場へと追いやってはならない。
米大統領選においては、核軍縮に後ろ向きなトランプ氏の敗退が確実となり、核軍縮により積極的なバイデン氏の次期大統領就任が決まった。これは「オブザーバー参加」という第三の道を真剣に検討する1つの転機
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