東南アジアにも欧州テロの波紋 コロナ禍に乗じてうごめくイスラム過激派
世界で高まるイスラム教徒への憎悪「イスラモフォビア」。危機は欧米だけではない
海野麻実 記者、映像ディレクター
過激派組織「イスラム国」(IS)がパリの劇場や飲食店などを襲撃し、130人が犠牲になったパリ同時多発テロから11月13日で5年を迎えたフランス。組織的な大規模なテロ事件から単独犯での突発的な犯行へと、イスラム過激派によるテロがその形を変えゆくにつれ、治安当局による摘発も厳しさを増すなか、欧州では今、再びイスラム過激派によるテロの連鎖が起きている。
ムハンマドの風刺画を再掲載した「シャルリー・エブド」
発端は、フランスの週刊紙「シャルリー・エブド」が、死者12人を出した2015年の同紙本社襲撃テロ事件の公判が始まるのに合わせ、9月2日にイスラム教預言者ムハンマドの風刺画などを再掲載したことだ。シャルリー・エブドは社説で「テロ襲撃の裁判が始まるに当たって、これらの風刺画を再掲載することは、私たちにとって不可欠だった」として、風刺画を放棄しない姿勢を強く主張した。
エマニュエル・マクロン仏大統領もこの姿勢を支持。「報道の自由があり、編集の決定に口を出す立場にない。フランスには冒涜(ぼうとく)する自由がある。風刺は憎悪ではない」と述べた。

パリのキオスクで9月2日、店頭に並んだ仏週刊紙「シャルリー・エブド」(左上)イスラム教預言者ムハンマドの風刺画などを再掲載された=2020年9月2日、パリ、疋田多揚撮影
欧州で続くイスラム過激派によるテロの連鎖
この風刺画の掲載にイスラム教徒が反応した。9月25日にはシャルリー・エブド旧本社前の路上でパキスタン出身の男が通行人を刃物で襲い、2人に重傷を負わせた。地元メディアによると、男は「預言者ムハンマドの風刺画が再掲載されたことが耐えがたかった」との趣旨の供述をしたとされる。
さらに、10月16日にはパリ郊外で衝撃的な事件が発生した。表現の自由を考える授業の“教材”にシャルリエブドのムハンマド風刺画を使ったサミュエル・パティさん(47)が首を切られて殺害されたのだ。犯人はロシア出身のチェチェン系イスラム教徒の男(18)で、駆けつけた警察官に射殺された。
その後もテロの連鎖は止まらない。10月29日、フランス南部ニースのノートルダム教会でも男女3人が刃物で殺害された。11月2日夜には、オーストリアの首都ウィーン中心部の繁華街など6カ所で銃撃が起き、4人が殺害、20人以上が重軽傷を負った。いずれもイスラム過激派によるものとみられている。
社会での差別や不満などから過激思想に走る一部の若者たちを、いかに事前に把握して抑えるかがカギとなるなか、欧州全体のテロ対策強化を図ろうと、フランス、オーストリア、ドイツ、オランダなどの各首脳が11月10日、オンラインで会合を開催。インターネット上の過激思想をどう防ぐか、域外国境の管理強化の必要性などについて、対応が急務だとの認識を共有、拡散する過激派の抑え込みを強めている。

パリのレピュブリック広場で殺害された教員サミュエル・パティさんの追悼に集まった市民=2020年10月18日、パリ、疋田多揚撮影