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赤木俊夫さんはなぜ死を選んだのか? 加害と被害のはざまに生きた官僚

芝居『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』が問いかける「公と私」

石川智也 ジャーナリスト・朝日新聞デジタル「&」副編集長

ヤマショウがよみがえり赤木さんと交錯

 劇団主宰で作・演出を手がける坂手洋二は、これまでも沖縄、原発、捕鯨、LGBTといった社会的テーマに切り込み、異彩を放つ舞台作品を世に送り出してきた。本作では、渥美清の出世作として知られる映画『拝啓天皇陛下様』(1963年)の同名原作を下敷きにしつつ、森友学園への国有地売却に関する財務省と近畿財務局の決裁文書改ざん事件を重ね合わせる。

 小説(と映画の)『拝啓天皇陛下様』は、軍隊という世界の外では生きる術をもたなかった哀れな男、山田正助(ヤマショウ)の一代記だ。

 天涯孤独で漢字も読めない純朴な男ヤマショウは、三度の飯にありつける軍に居残り続けようと、神聖視する天皇に直訴の手紙までしたためようとする。同じ岡山の連隊に入営した語り手にして作者の棟田博(ムネさん)との友誼(ゆうぎ)を軸に、盧溝橋事件や南京事件、対米開戦などの時代背景が織り込まれる。近代日本の戦争と共にあったヤマショウは終戦からほどなく不慮の死をとげる。

 坂手の舞台では、ヤマショウが時代を超えてよみがえり、森友問題で決裁文書の改ざんを強いられた果てに死を選んだ近畿財務局の元職員、赤木俊夫さんをモデルにしたワカギムネオ(ムネさん)と交錯する。財務省の報告書や赤木さんの手記、妻の雅子さんによる訴訟の資料などから、改ざんの顚末が生々しく再現される。

「組織の中の個」という問題提起

 「上からの命令」に抵抗した果てに不正を受け入れ、部下に累が及ばぬようみずから手を汚した現代版ムネさんは、「私の雇い主は日本国民。国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っています」というみずからの言葉と行為との乖離(かいり)に苦悩し、精神を崩壊させ、自裁への道に追い込まれていく。その過程にヤマショウが寄り添う。日本学術会議会員の任命拒否問題も盛り込まれている。

 大胆というか強引な設定だが、そもそも演劇という芸術が「遠隔」にある仮想の時間と空間を現前に出現させる装置であることを考えれば、何ら違和感はない。コロナ禍でリモート(遠隔)のやり取りが加速した今なら、なおのことだ。

 原作者の棟田と遠戚で同じ岡山出身の坂手は、もう20年近く前から『拝啓~』を舞台化しようと考えていたという。もっともアイデアは時々で変わり、昭和終焉の際の自粛社会や天皇制そのものを主題にしようと発案しては練り直すことが続いた。そんなときに、上司の命令と良心との板挟みになった赤木さん(夫婦ともに岡山出身)の死を知り、以前から温めていた「組織の中の個」というテーマと結びついた。

 「戦前には天皇の名の下に多くの人が死んでいった。そしていま、総理大臣のために死んでいく官僚がいる。時代はどこまで変わったのか、天皇的なものの代わりになったものがあるのではないか、ということです。軍隊や官僚機構のなかで歯車である個人がモラルや倫理を貫こうとすれば、必ず押しつぶされ不幸な結末を迎えることになる。そしてこの問題は、役所だけでなく、日本の会社や学校、スポーツチーム、さらにはリベラルとされている組織の中にすら、残り続けているのではないか。そんな大きな問題提起をしたかった」。坂手はそう話す。

拡大『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』より=姫田蘭撮影

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) ジャーナリスト・朝日新聞デジタル「&」副編集長

1998年、朝日新聞社入社。岐阜総局などを経て社会部でメディアや教育、原発など担当した後、2018年から特別報道部記者、2020年4月から朝日新聞デジタル「&」副編集長。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学感染症情報分析センターIDIA客員研究員。著書に「それでも日本人は原発を選んだ」(朝日新聞出版、共著)等。ツイッターは@Ishikawa_Tomoya

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