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米大統領選で顕在化した「切り取られた」民主主義。修復は可能なのか?

機能不全に陥った民主主義・選挙。市民の権利を担保するため司法の機能強化も有効か

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

バイデン政権が向き合う困難の核心

 バイデンはこうした社会構造を背景に政権をスタートさせる。それこそが、バイデン政権がこれから向き合う困難の核心に他ならない。

 貴族や王政を経験せず、むしろこれへの反発から生まれたアメリカでは、いわゆるヨーロッパ的な保守主義は育たなかったし、政府による画一的社会設計も拒否したことから、社会主義も根付かなかった。その結果、自由主義の枠内で、保守とリベラルが緩やかに対峙(たいじ)する関係が存在した。

 しかし今は、近視眼的な自己との関係性を最大化するための、自国第一、かつ排外主義的な保守主義と、個人主義化し、政府介入も是認する責任ある寛容な「自由」を放棄したリベラリズムが、原理主義的に対立し、相互の対話が不可能になっている。

拡大RozenskiP/shutterstock.com

リベラルと保守の共通点

 ヘレナ・ローゼンブラットが『リベラリズム失われた歴史と現在』(三牧聖子、川上洋平訳、青土社)で指摘するとおり、リベラリズムとは本来、その対義語が「利己主義」であることから分かるように、利他主義的で道徳的な概念であった。

 とすれば、リベラルと保守とは、歴史(時間)や地域(場所)という自身の置かれた関係性との距離感に差こそあれ、人間の合理性や理性の限界を前提に、画一的かつ統一的な社会設計ではなく、個々人の選択や多様性を保障することによって生まれる自生的秩序を重視し、これらを確保するために「法」や一般的かつ明確なルール(制度)を不可欠のものとする点において、おそらく共通しているのである。

 保守思想の起源とされるエドモント・バークも、自由主義の急先鋒とされるハイエクも、同様の問題意識を有していた(ハイエクがバークを自由主義者として想定しているのは大変興味深い)。要するに、保守かリベラルかという「区別」はさほど大事なことでなく、有害ですらあるということである。

 なぜ「リベラル」がリベラルたり得るのか。保守はいったい何を保守するのか。ともに、大切にすべき価値や制度をまず見つめ直すことが、なにより重要である。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

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