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気候変動という「人新世」の危機。 ジェネレーション・レフトの叫びにバイデンは応えられるのか

グレタ世代が求めるシステム・チェンジは資本主義からの脱出だ

斎藤幸平 大阪市立大学大学院経済学研究科准教授

 シベリアで観測史上、最高温度を記録。極地で氷床が融解。カリフォルニア州など世界各地で続発する山火事……。そんな事態が相次ぐなか、米国の大統領選で勝利するやいなや、ジョー・バイデンがトランプが離脱したパリ協定への復帰を表明した。さらに「10の気候変動対策」を、就任初日に大統領令を出して実行することも約束した。

民主党左派が求め続けた気候変動対策

 気候変動対策は、バーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ=コルテスのような民主党左派の議員たちが求め続けてきたものである。そして、今や民主党左派は、若者たちから絶大な支持を獲得するようになっている。

 こうした党内からのプレッシャーに促されるかたちで、バイデンは2050年までの脱炭素社会実現を目指し、178兆円規模の投資や化石燃料に対する補助金の終了を掲げる。

 トランプ相手に圧勝できなかった現実を前に、民主党左派の「過激化」を揶揄(やゆ)する声が、英語圏のSNSには散見される。だが、むしろ経済格差のみならず、気候変動という若者たちが強い関心をもつ資本主義の矛盾に、民主党のエスタブリッシュメントが毅然と取り組む姿勢を打ち出せてこなかったのが、アメリカの分断の真の原因ではないだろうか。バイデンが本気で分断を乗り越えようとするなら、これまでの民主党のやり方さえも見直すような大胆な政策が求められることになる。

米デラウェア州で7日、大統領選での勝利を祝うバイデン次期大統領(中央右)とハリス次期副大統領(中央左)=2020年11月8日、ロイター

「ジェネレーション・レフト」の台頭

 民主党にとってのさしあたりの希望は若者たちの世代である。エジソン・リサーチの出口調査によれば、今回の米大統領選では30歳未満の若者のほぼ三分の二がバイデンに投票したという。

 若い世代にとって、トランプかバイデンかという選択肢への回答は、極めて自明なものなのである。10代の歌姫ビリー・アイリッシュのトランプ批判が大きな反響を呼んだのは象徴的だ。

 それは、単なる投票行動の変化にとどまらない。未来のための金曜日、ブラック・ライブズ・マター、サンライズ・ムーブメント、#MeToo運動、高校生の銃規制運動……。Z世代(1990年代後半以降に生まれた世代)が中心となり、様々な新しい社会運動が台頭してきている。

 彼らは一つ上のミレニアル世代と合わせて、「ジェネレーション・レフト」と呼ばれるほどだ。

怒りを込めて大人たちに問うたグレタ・トゥーンベリ

 「ジェネレーション・レフト」の運動は米国だけにとどまらない。なかでも、いま世界を見渡して最も有名なのは、グレタ・トゥーンベリ(17)だろう。

 彼女は、怒りを込めて、大人たちに問うた。なぜここまで気候変動を悪化させたのか、地球環境がこれほど破壊されてしまうまで、どうして大人たちは問題を放置したのか、と。

 人類の経済活動の痕跡が、地球のすみずみまで覆い尽くようになっている。地表はビルや工場、道路、農地、ダム、ゴミ処理場で埋め尽くされ、海洋にはプラスチックが大量に浮遊し、大気中の二酸化炭素も激増している。この状況を新しい地質年代として、「人新世」と呼ぶことが提案されているほどだ。

 この「人新世」の時代には、人類の生存のための環境が厳しくなり、社会の秩序も不安定なっていく。子どもたちの叫びは、「人新世」という時代の危機をなんとかしてくれ、というものに他ならない。

 バイデンはこの声に本当に答えられるだろうか?

2019年12月にマドリードで開かれたCOP25では、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが演説した=2019年12月11日、松尾一郎撮影

グレタ世代の求めるシステム・チェンジとは?

 問題は、子どもたちの叫びに耳を傾けたとき、どのような方向を目指すか、である。

 パリ協定の実現か? 国連のSDGs目標を追求するのか? ダボス会議で語られるような緑の経済成長か? それとも、もっと「革命的な」道にいくのか?

 グレタの答えは、もちろん最後の選択肢だ。

 彼女が初めて大きな脚光を浴びたのは2018年、ポーランドで開催されたCOP24での演説だった。彼女は、「無限の経済成長というおとぎ話」を信じ続ける大人たちを痛烈に批判、「現在のシステムの中に解決策が見つからないなら、システムそのものを変えるべきなのではないか」と述べた。

 グレタの言う「システム」とは何なのか。

 地球に優しい電力システムや輸送システムに移行すること。そう解釈する論者もいなくはない。だが、筆者は違う解釈をしている。

 グレタは、無限の経済成長を「おとぎ話」だと批判する。つまり、有限な地球で無限の経済成長を求める社会システム、つまり資本主義システムが批判されているのだ。

資本主義が気候変動の真犯人

グレタさんを「今年の人」に選んだタイム誌の表紙=2019年12月11日、同誌ホームページから
 グレタの批判の矛先が資本主義だというと、違和感をもつ人もいるかもしれない。だが、彼女が資本主義を批判しているのは、むしろ自明のことなのだ。資本主義が気候変動を引き起こしている真犯人なのだから。

 繰り返そう。人類の経済活動、すなわち資本主義が、取り返しのつかないほど地球環境を破壊しているのが「人新世」の時代だ。そして、拙著『人新世の「資本論」』(集英社新書)で詳しく分析したように、経済成長と二酸化炭素排出量削減のふたつは、決して両立しない。

 とすれば、気候変動から私たちの地球を守るためには、資本主義を手放し、ポスト資本主義への移行を構想するしかない。なぜなら、際限なく利潤を追い求めるのが資本主義であり、資本主義は自らその動きを止めることがないからだ。私たちの手で資本主義というシステムの動きにストップをかけない限り、環境危機から脱する道はない。

 それが、グレタたちの掲げる「気候を変えるな、システムを変えろ System Change, Not Climate Change」というスローガンの意味するところなのである。

グローバル資本主義で致命傷を負った地球

 さらに、グレタは次のようにも述べている。

 「あなたたちが科学に耳を傾けないのは、これまでの暮らし方を続けられる解決策しか興味がないからです。そんな答えはもうありません。まだ間に合うときに行動しなかったから」

 もはや、ゆっくりとした段階的な変化では間に合わない。本当はそのような変化のチャンスは、20世紀末や今世紀初頭ならばあった。にもかかわらず、この数十年のあいだ、先進国の人々は自分たちの生活を変えたくなかったために、そのチャンスを無視した。

 とりわけ、冷戦終結後、世界を覆ったグローバル資本主義の波は、致命的な傷を環境に与えた。その結果、かなり抜本的で、急激な変化なしには、気候危機を解決することはできないような段階にまで来てしまっているのである。

 それが、「人新世」という時代の文明の危機だ。だからこそ、無限の経済成長を求める資本主義に緊急ブレーキを。すなわち、「脱成長」型のポスト資本主義に移行しなくてはならない。

 これがグレタの求める「新しいシステム」の前提条件である。

地球を<コモン>として考える

『人新世の「資本論」』(集英社新書)
 このような深刻な危機を前にして、もう一歩前進するために、マルクスの知見を加えよう。「コミュニズム」だ。

 なぜ、今さらマルクスなのか。そう感じる人もいるかもしれない。ここで重要なのは、マルクスが地球は誰のものでもなく、連綿と続く生き物たちにとっての共有財産、〈コモン〉として捉えていた事実である。

 資本主義のもとでは、地球全体がごく一部の企業や個人など、特権層の利益になるように掠奪(りゃくだつ)され、有利な形で利用されてしまう。つまり、資本の短期的な利潤獲得と超富裕層の放埓(ほうらつ)な生活のために、〈コモン〉が掠奪されてしまうのである。

 たとえば水道の民営化、種子法の廃止、カジノの誘致、公園をつぶしてショッピングモールが建設されるといった近年の例を考えてみてほしい。そこでは、水や食料、公共空間などの共有財<コモン>が解体され、独占されてしまう。

 その結果、ごく一部の人たち、いわゆる1%の超富裕層は資本主義の発展とともにますます豊かになっていくが、これまで〈コモン〉だった土地や自然環境へのアクセスを奪われた多くの人々は、逆に貧しくなっていく。

豊かで平等な社会を目指すには

 それは、マルクスが警告したとおりのことだ。つまり、ますます多くのものが商品化されるほど、人々はより一層市場に振り回されるようになり、持続可能で安定した生活をすることが困難になっていく、というのが彼の根本洞察であった。この困難を克服するためにマルクスが目指したのが、地球という〈コモン〉を資本の独占から取り戻し、いま一度人々の民主的な管理のものとに置くことであった。

 だから、市場の領域を減らしていき、〈コモン〉の領域を増やしていこう。その先にあるのが、「コミュニズム」なのである。

 拙著『人新世の「資本論」』(集英社新書)でも述べたように、マルクスが目指していた「コミュニズム」と、共産主義という用語で一般的に想像されるソ連や中国のシステムとは、決定的に異なるものだ。そして、この環境危機の時代にこそ、<コモン>を再建するための「コミュニズム」の理念が必要なのだ。

 なぜか? 脱成長を単純に目指すだけでは、既存の格差は温存・拡大され、多くの人がますます貧しくなってしまうからだ。脱成長は、もっと平等主義のプロジェクトにならなければならない。

 <コモン〉の潤沢さを回復することで、格差を是正し、庶民の豊かな生活を実現する。それが「脱成長コミュニズム」が目指す未来である。

気候変動をめぐる幾つもの不公正

 ここで重要なのが、グレタが繰り返し、気候変動をめぐる構造的な不平等、不公正を指摘している点である。

 二酸化炭素を排出していない若い世代ほど、気候変動の影響を被ることになる。にもかかわらず、彼らは子どもだからという理由で、社会の意思決定に参画することができない。ここに一つ目の不公正が存在する。

 さらに、二つ目の不公正も、グレタたちは視野に入れ、糾弾する。

 二酸化炭素は、すべての大人が同量、排出しているわけではない。途上国の貧しい人々は、ほとんど二酸化炭素を排出していない。その一方で、1%の超富裕層は下から半分の人々が排出する二酸化炭素の二倍の量を排出しているという国際NGOオックスファムの報告もある。

 しかも、気候変動の影響が直撃するのは、自分たちは二酸化炭素を排出していない貧しい人々、とりわけ、途上国の女性のような社会的に弱い立場に置かれた人々なのである。ここにも、不公正が存在する。

DisobeyArt/shutterstock.com

「気候正義」とは何か

 「未来のための金曜日」の活動によって、「気候正義」という言葉が広がっているのはそのためだ。その実現のためには、単に経済成長を止めるだけでは不十分である。同時に、もっとはるかに平等な社会を構築しなければならない。

 ところが、サンダースが強調しながらも、バイデンの「10の大統領令」に見当たらないのが、この「気候正義」という考え方なのである。気候正義がなければ、アメリカの「緑の成長」が最優先され、南米やアフリカを中心に、その矛盾を押し付けられることになるだろう。

 そうならないように必要なのが、脱成長なのである。脱炭素社会に向けたコストを富裕層こそ負担させるべきなのだ。例えば、プライベートジェットやクルーズ船を今すぐにでも禁止しよう。富裕層の資産にも気候税を課すべきだ。そうしたところで、99%の私たちの生活は微塵(みじん)も影響を受けないが、地球への環境負荷は確実に減る。

 こうして、脱成長型で平等志向の社会を目指すプロジェクトは、必然的に階級闘争の性格を帯びてくることになる。これは、旧来のやりかたで、既得権益を守ろうとする人々に対し、自分たちの生活とかけがえのない地球を守るために、新しい平等な未来を切り開こうとする人々の闘いである。

 実際、彼らは立ち上がっている。それこそが、この暗い時代の希望である。

Z世代の「コールアウト・カルチャー」

 これは、気候危機に限った問題ではない。現在、社会には階級、ジェンダー、人種をめぐって、様々な不平等や不正義が存在している。これらの要素は時に絡み合いながら、弱者を抑圧し、環境を破壊している。

 そうした状況を放置せず、若者たちは冷笑主義を捨て、変化を求めて声を挙げるようになっている。Z世代に特徴的なこの動きを「コールアウト・カルチャー」という。

 大坂なおみの全米オープンでのマスク着用も、その一例である。社会に問題提起することを恐れない彼女の行動は、世界中で大きな反響を呼んだ。ところが、残念なことに、日本には大坂の支持を公言するプロ・スポーツ選手は皆無で、スポンサー企業も「コメントする立場にない」と及び腰だ。

 Z世代の若者は、そのような大人たちの情けない振る舞いをしっかりと見ている。今後は、そんな彼らが世界を先導するリーダーになっていくし、さらにその下の世代が続く。なぜなら、旧来の技術信仰に依拠した楽観的な未来予測はその妥当性を失い、グレタたちの警告がますます現実味を帯びてくるからである。

 未来は、今の若い世代こそがマジョリティになる。

第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)の会場で抗議活動をする若者組織「フライデーズ・フォー・フューチャー」とグレタ・トゥーンベリさん(右から4人目)=2019年12月6日、スペイン・マドリード、松尾一郎撮影

大人たちのラストチャンス

 取り返しのつかない事態を防ぐべく、世界は急速に動き始めている。新たな潮流に乗り遅れないようにするために、日本社会も大転換にむけて、覚悟を決めて、動き出さなければならない。

 その決断ができるのは、私たち大人たちだ。今こそが、子どもたちの声に応えるラストチャンスなのである。