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戦後最悪の日韓対立のさなかに、日韓双方でエッセイ集を出す重圧

ポジティブな境界線に立つ ―『日韓関係論草稿』の出版に際して

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

日本のコラム集の執筆姿勢

 ところで、筆者がこの論座のコラムを執筆するとき、いつも日韓の懸案事項に対する意見の開陳を求める無言の圧力が存在したことは事実である。

 日韓の境界線に立ちつつこのコラムを書いてきた筆者の基本的な姿勢は、できるだけ日韓の尖鋭な政治的・外交的懸案に直接言及することをしないというものであった。筆者としては研究者としての自己のアイデンティティを大切にし、日韓両国の政府、政策当局者の選択と交渉の過程について、外野から口を出すよりもむしろマクロ的視点に立ち、息の長い歴史的・文化論的な日韓関係をテーマに、ささやかではあっても学問的にたしかな知見を提供することの方が、ふさわしいのではないかと思慮してのことであった。(『日韓関係論草稿』序文)

 実をいうと、コラム執筆中から、韓国と日本の友人や読者から、デジタルとSNSでたえず質問があった。

 いったいあなたは日本でなにをしているのか、と。そのいわんとするところ、日韓関係がかくも深刻な状況であるのに、日韓の歴史的な関係の究明を専門とする筆者のような者には、なにがしかの提言や献策をする責務があるのではないかという批判、というよりは友情から発せられた温かい叱咤ではなかったかと受け取っている。(同上)

 しかし筆者は基本的にこう考えている。日韓の問題を研究し、なおかつそれを直接的に経験する立場であればあるほど、より慎重で、謙虚な姿勢が必要であると。

 船頭多くして船山に登るのことわざもある。今は、特に両国をよく理解する者たちこそ、専門家を自認するにふさわしい謙譲の態度を保ち続ける必要があると信じるのだ。日韓の問題は、戦略的な方法論をもってすべてがきれいに解決するものではあり得ない。歴史の桎梏それ自体がそれほど単純ではないのである。ゆえに、筆者のように日韓の境界で働き、生き、教える者ほど、慎重を期す必要がある。(同上)

拡大障害者に対する配慮が国家社会の品格基準のバロメーターであると唱える筆者、2012年慶応義塾大学での国際シンポジウムに参加して=筆者提供

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筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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