メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

自民党政権に憲法改正をされたくないあなたへ~国民投票法採決が改憲につながるというウソ

憲法審査会がやるべきは憲法に関する論点の形成と整理と熟議のデモンストレーションだ

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

五つの理由から憲法改正はできない

 まずもって、現状において憲法改正は不可能である。理由は以下のとおりだ。

 (1)まず形式的な理由として、現在、いわゆる「改憲勢力」を合計しても、参議院では三分の二である164人に満たない。皮算用しても、形式的に憲法改正の発議は不可能なのである。

 そもそも、この「改憲勢力」という“マジックワード”が曲者だ。これはマスメディアの政治部(政局部?)が政局を煽(あお)るために作り出したワーディングである。本来、超党派で議論すべき憲法論議において、「三分の二」vs「三分の一」という党派的構図をことさら強調することは有害でしかないと考える。

 (2)次に、(1)の後段と関係するが、「改憲勢力」は一枚岩ではない。政治学者のケネス・盛・マッケルウェイン氏(東大社会科学研究所教授)が引用する東大学務システム(UTAS)の調査資料によれば、2017年衆議院議員選挙全当選者のうち、全体の82%(自民党の97%、公明党85%)がなんらかの改正を支持している一方で、具体的な改正案の賛成についてみると、9条改正:41%▼緊急事態条項:47%▼地方分権化:20%▼環境権の追加:20%▼解散権の制限:10%▼知る権利の創設:7%、と、いずれも三分の二はおろか、半数にさえ満たない。また、たとえば9条について、自民党当選者で62%が賛成なのに対して、公明党当選者の賛成は10%にとどまる。

 すなわち、「憲法改正を強行される」という論者が叫ぶ「三分の二」は、実態を無視した議論であり、現実的な項目で見れば、三分の二を獲得できる項目など存在せず、憲法改正のコンセンサスなど到底不可能なのである。したがって、催眠術か脅迫でもしないかぎり「強行」は不可能である。

 (3)次に実体的理由であるが、自民党政権に憲法改正についての「本気さ」がないことである。(2)でみたとおり、9条を含めた改正には連立を組む公明党の賛成が必要不可欠であるが、公明党との真摯な与党間協議はまったく行われていない。2015年の安保法制制定に際し、憲法解釈にまで立ち入って公明党と協議したのと比べ、本気のなさが際立つ。

 そもそも、自ら改憲提案をしてまで「戦後レジームの脱却」を訴えた安倍晋三前総理の在任時、国会では改憲勢力が三分の二を占め、形式的要件は満たしていた。にもかかわらず発議をしないばかりか、与党間協議をしなかったのは、憲法改正の意思がないからに他ならない。

 戦後の自民党政権は、改憲を唱え続けた中曽根康弘元総理でさえ、政権を安定的に運営するため改憲提案を封印したことを考えれば、安倍前総理はポーズでこそあれ、方針は一貫している。ほんとうに「強行」する意思があるなら、もうとっくにされているはずだが、されてこなかった。この事実を、「野党が頑張ったから」という“見たい世界だけを見る”という希望的観測の色眼鏡をかけて見てしまうと、事実を正確にとらえられないので気をつける必要がある。

拡大自民党の憲法改正推進本部の会合であいさつする衛藤征士郎本部長。右は二階俊博幹事長=2020年10月8日、東京・永田町の自民党本部、恵原弘太郎撮影

 (4)2006年の国民投票法制定時に、枝野幸男議員から故保岡議員まで含めたコンセンサスとして、憲法改正原案の起草は「合同審査会」によって行うとされてきた(国会法102条の8)。しかし、いまだにこの合同審査会の運営についての規則すら制定されていない。ここにも、改憲議論の本気度のなさが現れている。

 (5)最後に、憲法審査会運営の恐ろしいまでの怠慢さである。他の委員会が週に複数回、朝から晩まで行われるのに対して、憲法審査会は週に1回開かれれば「御の字」で、開催されても1時間程度しか行われない。「衆議院インターネット中継」のアーカイブを見れば明らかだが、審議会の核心である「自由討議」も委員長の差配しだい、どこかの政治集会の運動家かと見まごうような言いっぱなしの意見表明があったり、発言の機会を求めても指名されない議員がいたり、議論が噛み合って昇華していくような進行が行われることはまずない。

 要は、短時間かつカオスな運営がまかり通ることで、充実した憲法論議が確保されていないのだ。

 以上の説明で理解いただけたと思うが、憲法改正の発議がされてこなかったのは、実は国民投票法改正案による駆け引きの結果ではなく、単純に数が足りなかったり制度が整っていなかったりで物理的に無理だったからという「形式的理由」(客観的理由)と、もっぱら「意思(のなさ)」(主観的理由)によるものである。「国民投票法改正案を野党が頑張って議論しなかったから、憲法改正の発議が食い止められてきた」のでは決してない。

 このような憲法及び憲法改正論議を巡る“病理”は、政局及び政治的駆け引きというよりも、国会議員の心の奥底に染み付いた「思い込み」にある。この点を次に論じたい。

拡大Sakuoka/shutterstock.com

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士、慶応グローバルリサーチインスティチュート(KGRI)所員。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

倉持麟太郎の記事

もっと見る