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バッハIOC会長の来日でもなお不透明な東京オリパラの行方

行く先々で「2021年にオリンピックを開催する」と力強く発言する会長だったが……

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(左)とグータッチをする菅義偉首相=2020年11月16日午前11時17分、首相官邸、恵原弘太郎撮影

 11月中旬、東京オリンピックの開催延期が7月に決まって以来、初めて来日した国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は、菅義偉首相や小池百合子都知事と会談したほか、安倍晋三前首相にオリンピック・オーダーを授与、国立競技場も訪問するなど、4日間の日本滞在中、精力的に活動した。

 行く先々で「2021年にオリンピックを開催する」と力強く発言するバッハ会長ではあったものの、日本側がオリンピックの開催に改めて前向き姿勢を示したこと以外、具体的成果は乏しかったことも否めない。

 本稿では、バッハ会長は今回なにゆえ来日したのか、そもそもこの日本訪問にどのような意義があったのかについて考えてみたい。

 オリパラ開催に強気な姿勢を示したバッハ会長

 バッハ会長が来日の意向を示したのは、菅首相が就任した直後の今年9月26日に行われた電話会談の席上だった。この会談で両者は、東京オリンピック・パラリンピック(東京オリパラ)の実現に向けて緊密に連携することを確認しており、IOC会長の来日によって、日本国内に根強い来年開催への懐疑論を払拭し、大会組織委員会や東京都、日本政府の引き締めを図る狙いがあったと考えられる。

 日本での一連の会談を振り返ると、菅首相との会談では、バッハ会長が新型コロナウイルス感染症ワクチンが実用化された際には、出場選手や外国からの観客などのうち接種を希望する者の費用はIOCが全額負担すると明言。小池百合子都知事や森喜朗大会組織員会会長とは、選手の入国後の隔離免除や検査態勢などの対策について協議した。

 また、国立競技場の訪問に際しては、「すでに五輪のような雰囲気が醸し出されている。感動的な会場だ」と発言。晴海の選手村では「レインボーブリッジが見え、素晴らしい施設」と称賛している。

 こうした滞日中のバッハ会長の言動からは、2021年に予定通り東京オリパラを開催する強気な姿勢が示され、再度の延期や中止は念頭にないかのようであった。

写真撮影に応じる国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(左)と小池百合子・東京都知事=2020年11月16日午後2時30分、都庁、瀬戸口翼撮影

五輪オーダー金章を受賞した安倍首相

 ところで、今回の来日の中で目を引いたのは、安倍晋三前首相へのオリンピック・オーダー(功労賞)金章の授与であろう。

 日本人として初めてオリンピック・オーダーを授与されたのは、元東京都知事でIOC委員の東龍太郎だ。東京都知事として1964年の東京大会の招致と開催に貢献したことが理由だった。

 1975年に制定されたオリンピック・オーダーは、オリンピック精神の普及、発展に貢献した功労者に贈られ、金章、銀章、銅章の3種類がある。銅章は1984年から授与が中断されているから、現在は事実上、金章・銀章のみが与えられている。

 日本人では、1975年の第1回に顕彰された東を含めて、これまで62人がオリンピック・オーダーを受けており、安倍氏は63人目の受章者だ。

 うち金章を授けられたのは、1991年の堤義明氏、1998年に斎藤英四郎氏に続いて安倍前首相が3人目。堤氏は日本オリンピック委員会(JOC)の初代会長として、また斎藤氏は1998年の長野オリンピック冬季競技大会組織委員会の会長を務めたことが認められた結果だった。

IOCのバッハ会長(左)から「オリンピック・オーダー」を授与された安倍晋三前首相=2020年11月16日午後1時30分、東京・新宿の日本オリンピックミュージアム、代表撮影

3人目の金賞受章の理由は?

 では、安倍前首相はなぜ、金賞を授与されたのだろうか。

 安倍氏とオリンピックのかかわりと言えば、首相在任中の2013年9月に行われたIOCの第125次総会で、東京への夏季五輪の招致演説を行ったことが思い浮かぶ。

 「福島の原発事故のことを心配されている方もいるでしょうが、私を信じてください。状況は管理されています」という安倍氏の発言は、後に国会でも疑義が呈されている。しかし、一国の首相が世界各国の注目する原発事故問題が管理されていることを請け合った意味は大きく、東京への五輪の招致の実現に一定の寄与を果たしたと言えるだろう。

 また、2016年のリオ大会閉会式では、ビデオゲーム「スーパーマリオブラザーズ」の主人公マリオに扮した安倍氏が登場。東京大会を盛り上げるために一役買ったことも間違いない。

 1975年の制定後、日本の首相がオリンピック・オーダーを受章したことはない。政治家をみても、1998年に長野県の吉村午良知事と長野市の塚田佐市長が、長野オリンピックの開催への貢献が評価されて受章しているのみである。2016年には元国家公安委員長の小野清子氏がオリンピック・オーダーを受けているものの、政治活動ではなく、JOC名誉会員としての顕彰であった。

 オリンピック・オーダー金章は、原則として国家元首ないしそれに準じる者、あるいはオリンピックの発展に顕著な功績を挙げた者が対象となっている。2013年2月に、任期満了直前の韓国大統領・李明博氏に当時のジャック・ロゲIOC会長がオリンピック・オーダー金章を授章しているように、儀礼的な側面が強い。

 おそらくIOCとすれば、東京オリンピックの招致に貢献しながら、大会の開幕を首相として迎えられなかった安倍氏に対し、外交儀礼の一環としてオリンピック・オーダー金章の授与を決定したと考えられる。

 IOCに助け舟を出した安倍前首相

 さらに、東京オリパラの延期問題と安倍氏との関係も見逃せない。

 新型コロナの感染拡大で東京オリパラを予定通り開催するかどうかが問題となっていた2020年3月、バッハ会長に対して延期を提案したのが、他ならぬ安倍氏であった。

 IOCにとって、オリンピックは最大の収入源である放映権料を獲得するための重要な“商品”である。また、夏冬の大会が4年に1度ずつ確実に開催されるという安定性は、オリンピックが持つ重要な価値であった。

 大会の中止で確実な開催という安定性が失われると、“商品”価値は損なわれる。その結果、開催に立候補する都市が減少したり、放映権やスポンサー契約の際に契約額の減少が生じたりする恐れがある。IOCにすれば、中止は避けたい選択なのである。

 だが、今年の春の時点では、保険契約や国際社会の反応、さらに放映権を購入している米NBCの意向から、「新型コロナによる東京オリパラの中止」はやむを得ない措置と思われた(詳細については、2020年3月24日の論座で公開されたの拙論「新型コロナ世界的流行でもIOCが東京五輪を中止できない三つの理由」を参照されたい)。それだけに、安倍首相の提案は、IOCが「開催国の判断」を理由に延期を決定するための、格好の助け舟になったのである。

 安倍氏への金章の授与という「好待遇」は、IOC側が「東京オリパラの延期」を巡る安倍氏の対応を高く評価した結果でもあると言えるのである。

菅義偉首相との会談を終えて記者の質問に答える国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長=2020年11月16日午前11時50分、首相官邸、恵原弘太郎撮影

表面上の強気さの背後に……

 今回の日本訪問で、オリンピック参加者や外国からの観客を対象に新型コロナウイルス感染症ワクチンを接種に必要な費用をIOCが全額支払うとバッハ会長が提案したことは、東京オリパラを来年、予定通り実施するという強い決意の表れと受け止められた。

 とはいえ、IOCの“真意”は見えにくい。

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