責任回避が目立つコロナへの対応。「安倍一強」の強力な政治主導はもはや過去のもの
2020年12月03日
11月26日、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するには「この3週間が極めて重要な時期だ」と強調した菅義偉首相は、「ぶら下がり」取材で当面の対策を説明した後、記者から浴びせられた質問を振り切って、そそくさと官邸内に入っていった。「会見から逃げる」菅首相ーー。メディアは次々とそう報じた。
かつて長期政権(1964~72年)を担った佐藤栄作首相は、言葉数は少なく、時機が熟するまでじっくりとタイミングを見計らう手法を得意としたことから、「待ちの政治」と称された。これにならえば、政権発足から2ヶ月時点での菅首相の手法は、「逃げの政治」と言うべきだろう。
日本学術会議の6人の委員の任命拒否問題が最初の「逃げ」である。なぜこの6人なのか、理由を説明せよと詰め寄られた首相は、「総合的、俯瞰的」「前例踏襲をしない」「委員構成が偏っている」などと答えたが、いずれもすぐに論理破綻が明らかになった。
挙げ句の果てに、テレビで「説明できることと、できないことってあるんじゃないでしょうか」と答えて、あとは押し黙ったままである。
前政権の決定を継承したがゆえの混乱、「逃げ」であれば、政権発足後間もないため、仕方がないと言えなくもない。だが問題は、こうした半歩出ては逃げを繰り返すという対応が、政権が判断するべき新型コロナ対策でも如実に表れている点にある。
菅政権は、異例なことに首相秘書官を厚労省出身からも起用し、閣僚人事でも厚労相経験者の加藤勝信氏を官房長官に、厚労行政を知悉(ちしつ)していると評判の田村憲久氏を厚労相に指名、さらに新型コロナウイルス感染症対策分科会委員の岡部信彦氏を内閣官房参与とするなど、新型コロナ対策に万全の布陣で臨んだように見えた。
ところが、新型コロナウイルスの感染拡大の“大波”が見えてきた11月下旬、ウイルス対策の分科会と厚労省のアドバイザリーボードが再三にわたり、感染爆発を防ぐために対策を講じるよう提言しても、政権は「Go Toトラベル」の継続にこだわり、営業制限の要請の判断も遅れ、東京発着の「Go Toトラベル」についても東京都知事に判断を丸投げするなど、責任回避的な振る舞いが目につく。専門家、厚労省の専門的知見が、タイミングよく政治的決断に生かされた形跡はない。
振り返れば安倍晋三政権は、過剰なまでに饒舌(じょうぜつ)だった。コロナ対策でも、記者会見、SNSを活用、全国一斉休校、全戸布マスク配布など、効果も定かではない施策に全国民を巻き込み、怨嗟の的となったこともあった。
こうした饒舌さと菅首相は無縁であり、国民をいたずらに巻き込む施策はとらない。それは一面では手堅くはあるだろう。だが、もしそうであるならば、専門家の意見によく耳を傾けて、きめ細かく感染に対処することが、なににも増して必要なはずである。
「Go To トラベル」にしても、状況に応じて機動的に停止し、再開への展望をはっきりと伝えるとか、感染拡大をおさえるための営業制限・行動制限をどの地域でどの範囲にわたって要請するかを明確に伝えるとかすれば、国民はここまで不安になることなく、政権の要請を正面から受けいれたであろう。
しかし、9月の政権発足時において、新型コロナ感染の再拡大がいずれ起こりうることは明らかであったにもかかわらず、菅政権はこの問題について十分な準備を行っていなかったようである。「Go To トラベル」の一時除外、キャンセルへの対応について、11月の3連休に事務方が“突貫工事”に追われたのはその証左であろう。
仮に、この先さらに「緊急事態宣言」の発出といった事態になれば、首相の説明責任はきわめて重くなる。首相が口下手であることはすでに周知の事実だが、安倍首相が神経をすり減らした、世論からの激しい指弾を受けざるを得ない記者会見の連続に、菅首相はどこまで耐えることができるのであろうか。なんともおぼつかないのが現状である。
このように、「半歩出ては逃げる」を繰り返すスタイルに終始しているのが、これまでの菅政権である。では、近いうちに自信を持って一歩を踏み出せる施策はあるのか。デジタル庁の設置や情報システムの統合もまだ先の話であり、携帯電話料金値下げもそう大幅なものではなさそうであり、行政改革も地味な案件ばかりである。
よく言えば、腰を落ち着けた「持久戦」と言えそうではあるが、一歩間違えばジリ貧に陥りそうな気配も漂っている。
世襲議員ではない菅首相は「たたき上げ」と評される。安倍首相が「官邸主導」を志向したという点で小泉純一郎首相と比較されたとすれば、「たたき上げ」の菅首相は、同じく地方議員から首相の地位を得た竹下登首相と比較できるであろう。
最近出版された竹下首相の秘書官を経験した外交官寺田輝介氏のオーラル・ヒストリー『外交回想録 竹下外交・ペルー日本大使公邸占拠事件・朝鮮半島問題』(服部龍二・若月秀和・庄司真由編、吉田書店、2020年)に、その手がかりがある。外交の目線からみた「内政志向型」の首相とされる竹下首相の性格は、「たたき上げ」とともに菅首相にも共通するからである。
竹下首相は、役所は「シンクタンク」であって、「このシンクタンクを十分使わせてもらう」とよく口にしたという。得意でない外交では、外務省の持ち込んだ案件を咀嚼(そしゃく)し、そこで練り上げた方針を受け容れたという。そして、なんと言ってもその持ち味は、役所の官僚に対して、きめ細かくサポートし、士気高揚を心がけた点にある。
官房長官から首相となった菅首相は、霞ヶ関をシンクタンクとして活用しようとしている点では、共通している。首相に就任した直後、官房長官が仕切る事務次官等会議に官房長官時代と同じように出席し、各省事務次官等に政権への協力を説いたのは象徴的だ。
だが、菅首相ははたして各省官僚の士気高揚を心がけているのだろうか。安倍政権末期に起きた黒川弘務・前東京高検長の定年延長問題では、法務省の人事を頭から否定し、法務省との間で冷たい関係となっていたとジャーナリストの村山治氏は近著で指摘する〈『安倍・菅政権vs.検察庁』(村山治著、文芸春秋、2020年)〉。このように幹部人事で各省を締め上げ、会議の場で露骨に圧力をかけるようなスタイルでは、士気が高揚するとは言いがたい。
安倍政権の場合、経産省系の今井尚哉秘書官を中心に、各省出身の“官邸官僚”たちがそろって各省へ圧力をかけ、菅官房長官もその一翼を担っていた。だが、菅政権では
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