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コロナ禍で激変! ヒンドゥー教徒最大の祭り「ディパバリ」~マレーシア

神々への祈りも「ニューノーマル」スタイルに

海野麻実 記者、映像ディレクター

マレーシアの首都クアラルンプールにあるヒンドゥー教徒の寺院。コロナ禍の今年は、政府が定めた「ニューノーマル」における厳格なルールのもと厳かに祈りが捧げられた=筆者撮影

 ヒンドゥー教の暦で新年を祝うインド最大の祭り「ディパバリ(地域によって呼称はディワリ)」が、11月14日から5日間ほどに渡って催された。

 失われた魂が現世に戻ってくる時期とも言われており、世界中のヒンドゥー教徒たちがオイルランプを無数に灯して盛大に祝う。善の象徴であるクリシュナ神が、悪の象徴ナラカスラに勝利したという逸話から、光が闇に打ち勝ったことを讃える、別名「光の祭典」とも呼ばれ、その年の幸福を祈願するというのが由来だ。

 だが、ディパバリの祭典に沸くのは、実はインドだけではない。ネパールやスリランカ、さらにはアメリカやイギリスなど欧米諸国にも数多くのインド系住民が暮らしている。まさに世界中に根付いたヒンドゥー教徒が、それぞれ棲(す)み着いた定住の地でこの伝統の祭りの精神を受け継ぎ、熱心に実践するのがこの時期である。

マレーシアでは国民の祝日に

 なかでも、東南アジアの多民族国家マレーシアでは、国民の約1割をヒンドゥー教徒が占め、色鮮やかなヒンドゥー教寺院が数多く点在する。少数派とはいえ、マレーシアのインド系国民は大きな存在感を示している。

 そんななか、“ディパバリ”の祭りはインド系のみならず、国民全体の祝日にもなっている。毎年、首相自ら「ハッピーディパバリ」という祝いのメッセージをビデオメッセージで発表。街中やショッピングモールはインド風の異国情緒漂うデコレーションで溢れる。宗教にかかわりなく、社会全体にお祝いムードが広がるのが例年の光景だ。

 そんなディパバリの祝いが、コロナ禍の今年、すっかり様変わりしてしまった。

 マレーシアでは10月以降、コロナウィルスの新規感染者数が加速度的に増加の一途をたどり、いわゆる「第3波」が到来している。コロナの脅威が再び身近に迫るなか、“ニューノーマル”を厳格に実践した、例年とは大きく異なる「ヒンドゥー教徒最大の伝統祭り」の実態をリポートする。

毎年大勢のインド系マレーシア人で大混雑するヒンドゥー教の寺院。今年はFacebookライブで祈りが中継されたこともあり、人影はまばら。マスク姿の親子が寂しげに祈りを捧げていた=筆者撮影

祭りの前から”お祭り騒ぎ”だったが……

 まず、大前提として頭に入れておきたいのは、ディパバリは祭り当日だけの話ではない、ということだ。数日前の準備段階から、すでに大騒ぎの様相を呈するのが例年の風景だ。

 ヒンドゥー教徒は、延べ5日間に渡って続くディパバリの祭典を最大限に着飾って祝うため、初日用、2日目用、そして最終日用と、それぞれの日で異なる色やデザインの煌(きら)びやかなインドの伝統衣装サリーなどを、家族がみな何着も新調する。

 それだけでも一大イベントのようだが、女性はこれに加えて、ずしりと金色に輝くおおぶりの指輪やゴージャスなイヤリングなどを、時間をかけてじっくり吟味。さらに、親族や友人らを招いた「オープンハウス」(自宅でのパーティー)のためのご馳走をつくるため、玉ねぎやナス、オクラ、ダル豆に大量のスパイスなど、インド風カレーに必要な具材、またインド伝統の非常に甘いお菓子に欠かせない生乳の澄ましバター「ギー」や豆粉を大量に購入。“インド版新年の爆買い”さながらの光景が繰り広げられるのが、例年の風景だ。

子供たちを自宅において買い物

 そのため、マレー系イスラム教徒らの間では、「ディパバリが近付いてきたら、リトル・インディア(インド人街)には近づくなかれ」と、まことしやかに囁かれる。永遠に動かない気すらしてくる大渋滞と、鳴り止まない爆竹の爆音は、祭りの時期の悪名高い名物なのだ。

 ところが、今年はその大騒ぎが何処かへとすっかり消え去ってしまった。

 ディパバリ前日になっても、首都クアラルンプールのリトル・インディアでの人影はひっそりとまばら。いつもの年なら、屋外テントが張り巡らされ、マリーゴールドの花を束ねた飾り物がずらりと並び、インドの菓子や揚げ物を売る行商らでごった返すのに、今年はそれらがほぼ姿を消し、普段からそこで商いをするオーナーらが、控えめにディパバリで売れる人気商品を販売しているのみだ。

 クアラルンプール近郊から車で買い物に訪れていたヒンドゥー教徒の若い夫婦も、「一家で2人までしか買い物に出てはいけないという政府のお達しがあるので、子供達はみんな自宅においてきました。例年だと家族総出で連日買い出しを楽しむのがディパバリなのですが、今年は仕方ないですね。子供達が待っているので早く帰らなければ……。ここに長時間滞在すると感染が心配です」と、せわしない様子で足早に去った。

大きく変わった祭りの風景

 ディパバリ当日の朝は、家族揃って伝統衣装を纏い、寺院にお祈りに行くのがヒンドゥー教徒の習わしだ。それも、コロナ禍で大きく変わってしまった。

 クアラルンプール中心部の有名なヒンドゥー教寺院に向かうと、朝からひっきりなしに色鮮やかな衣装をまとった家族連れなどが訪れていた昨年までの風景はなく、人影もまばら。なんでも、コロナを恐れて外出を控えるヒンドゥー教信者たちのために、早朝6時過ぎからFacebookライブで寺院のお祈りの生中継。多くの信者が「ステイホーム」で自宅から静かに祈るようになったそうだ。

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