憲法改正に関わる政治家のみなさん。実態を知っていますか?
2020年12月03日
新型コロナウイルスの影響が拡大する中、国会では与党を中心に憲法改正議論を進めようという動きが強まっています。
2020年11月26日には「国民投票法改正案」の初審議が行われ、審議がまだ始まったばかりにも関わらず、日本維新の会からは”審議を省略して採決を求める”というあり得ない動議が出されるなど、憲法改正推進派による強行で傲慢な姿勢が目立ってきました。
憲法改正に対する国民の関心、優先度が低いことは数々の世論調査で明確になっています。いま急いで憲法改正に関する議論を進める必要性など全く感じません。
では、SNS(ツイッター)上の意見はどうでしょう。
僕はどちらかいうと政治思想に関係なく、面白そうな人はフォローしますので、意見の違う人からも多くフォローされています。そのため、憲法改正に関する賛成意見、反対意見、双方の生の声がたくさん入ってきます。
ツイッターで憲法改正を叫ぶ人は、憲法や憲法改正に比較的詳しい人だと思われるかもしれませんが、僕が知る限りそうではありません。むしろ憲法の基礎知識、歴史、憲法改正のポイントなどを正確に理解している人は少ないと感じます。改憲派も改憲反対派も、双方が間違った前提や思い込みをもとに、憲法改正を語っているケースが多々あります。
改憲派と改憲反対派の主な意見をまとめてみました。
【改憲派の意見】
・憲法改正をして日本が武力を高めないと外国(特に中国)に侵略される
・北方領土、竹島などの領土問題で交渉を有利に進めるには憲法改正が必要
・敗戦後にアメリカから押し付けられた憲法を捨て、自主憲法を作るべきだ
・世界の国は何度も憲法を改正している。一度も改正していない日本は異常だ
改憲派の意見の多くは「軍事」に関連しています。
つまり憲法9条の改正を目指していると思われますが、具体的に憲法9条をどう変えたらよいか?という話はほとんど聞きません。
信じられないかもしれませんが、軍事が重要だから憲法改正が必要だと言っている人に中には、改正すべき条項が憲法第9条だとは認識していない人、つまり憲法の中身をほとんど理解していない人がいるのです。おそらく誰かの「憲法を変えれば日本の軍事力は高まる」という意見を丸呑みし、中身を検証せず信じている人ですが、そういう人は想像以上にたくさんいます。
改憲派の人の中には、日本国憲法を一度も読んだことがない人が、それなりにいると僕は思っています。僕自身、政治のツイッターを始める前は憲法は学校で習った程度の内容しか知りませんでした。日本人の多くが憲法に関しては同じような知識レベルだと思います。
アメリカからの「押しつけ憲法」だから改正すべきという意見も多いです。しかしこの議論は、ある程度の結論が出ているのではないでしょうか。日本国憲法の策定にアメリカを中心とするGHQが深く関与したことは事実ですが、GHQの進言を取り入れて、日本側が必要な修正を加えて、最終的に意思決定したものです。
日本国憲法が押し付けかどうか、国民はどう思っているかという調査は憲法調査会(現・憲法審査会)でも行われ、「一方的に押しつけられたものではない」「国民の圧倒的支持を日本国憲法が受けてきたことは明確」といった見方が数で上回り、一定の決着がついています。
そもそも日本国憲法が「アメリカから押しつけられた」と不満に思っている国民が一体どれだけいるのでしょうか? 「アメリカ押しつけ論」はとにかく改憲したい自民党によるポジショントークだと思います。
SNS上で一番不思議なのは、改憲派に「自民党はどういう改憲案を出しているのか?」と聞いても、正確に知らない人がたくさんいることです。後述しますが、自民党改正草案や改憲4項目の存在を知らない、もしくは両方を混同している人がたくさんいます。改憲派にも改憲反対派にもいます。
それでは、改憲反対派の主な意見です
【改憲反対派の意見】
・日本国憲法(特に第9条)があるから日本は70年以上戦争に巻き込まれなかった
・憲法は権力者を縛るものであり、権力側(与党)による改憲推進は許されない
・自民党改憲草案が通ると基本的人権や自由がなくなり独裁になる
・緊急事態条項を憲法に盛り込んではいけない。独裁国家になる
・安倍、菅政権は信用できない。その体制下で憲法改正はとんでもない
僕がツイッターを始める前に、テレビの政治番組などでよく聞いていた「憲法第9条があるから日本は戦争に巻き込まれなかった」という改憲反対派の主流意見は、ツイッター上ではあまり見かけません。もちろん「日本国憲法は宝」「9条は世界が目指している」などの意見はありますが、ツイッター上で多く見かける意見ではありません。
改憲反対派の意見として、ツイッターで一番多く見かけるのは「自民党改正草案」への強烈な拒否です。
「自民党改正草案」とは2012年、自民党が野党時代に作成したもので、内容の詳細は割愛しますが、「国防軍の設置」「緊急事態における私権の制限」など、日本国憲法の支持者からは受け入れがたい文章が並んでおり、強い拒否感が出ても仕方ないと思います。
しかし多くの改憲反対派が勘違いしているのは、自民党が改憲内容として提案しているのは「自民党改正草案」ではありません。「自民党改正草案」はいわば、作成したけど自民党内で塩漬けになっている幻の改正案です。この「自民党改正草案」が、公の場に正式に提出されたこともなければ、議論されたことも一度もありません。
一方、自民党が2017年に作成した「改憲4項目」については、改憲派も改憲反対派も詳しく知らない、もしくは存在そのものを知らない人が多くいます。
(改憲4項目)
・自衛隊の明記
・緊急事態の対応
・合区の解消(各都道府県から1人以上の議員選出)
・教育の充実
「改憲4項目」は自民党によると、あくまで”たたき台”とのことですが、その存在すら、あまり知られていない印象です。自民党の選挙公約や自民党のホームページには書かれているのですが、なんとなく感じるのが、自民党自身が積極的に「改憲4項目」を宣伝していない。むしろ自民党は「改憲4項目」に何か後ろめたさを感じているのはないでしょうか?
実はこの「改憲4項目」は自民党内で十分に議論され、合意されたものかというと、そうではないようです。
2018年の自民党総裁選挙の際に、安倍首相の対抗馬として立候補した石破茂氏が「改憲4項目は党内で十分に議論されていない。何度説明を求めても執行部から説明がない」と愚痴っていました。
これには背景があり、もともと2012年の「自民党改正草案」に石破さんは深く関わっています。「国防軍」などは、軍事に詳しい石破さんのこだわりがあったのでしょう。
しかし安倍首相(当時)の意向として、憲法改正のハードルを下げるため、9条に関してはマイルドな内容にするという意思が働きました。つまり「自衛隊の明記」という、国民から反対されにくいマイルドな内容にすり替えた。それもひとつの考え方だと思いますが、憲法を改正して国防力を高めるという立場からしたら、「自衛隊の明記」は妥協でしかありません。
石破さんは、妥協せずあえて正攻法で9条改正を国民に提案したいという意思があったのでしょう。
この石破さんのジレンマを、同じように「国防力を高めるには憲法改正が不可欠だ」という意見を持つ人に問いたいです。本当にいまの「改憲4項目」でいいのですか?
そして、改憲反対派の方は、「自民党改正草案」と「改憲4項目」の違い、そして自民党自身が抱えるジレンマについて、ぜひ知ってほしいです。機会があれば、改憲派に対して「自民党内もまとまってないみたいですよ」とか「そんな妥協案で本当にいいのですか?」と問うてみてください。
僕は現状でははっきりと「改憲反対派」です。
現状と書いたのは、将来に渡って絶対に憲法改正は認めないという考えではありません。もし将来、憲法を改正するなら、最初に第96条の改正が必要だと思っています。
日本国憲法第96条
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
憲法の大きな役割は権力者から国民を守ることです。
権力者を縛るはずの憲法が、権力側で発議されるのは強い違和感があります。最後は国民が国民投票で決めるわけですが、最大政党(与党)の意向が強く反映されることは容易に想像できます。
憲法改正のための条項を改正するというのは難しい課題かもしれませんが、ぜひ議論してほしいと思います。
僕がこの考えに至ったのは、安倍、菅政権での政治不信を嫌というほど味わったからです。
国会で平気で嘘を付く、質問に真摯に答えない、不都合な文書は改ざんする、破棄する。中立機関への人事介入。
民主主義の破壊とも言える行為を平気で繰り返す政権のもとで、憲法改正の議論などできるでしょうか。そして将来、再び反民主的な政権が出てきたとき、権力側の都合で憲法改正を推進されないよう、まずは改正プロセスを明記した第96条の改正が最優先だと思います。
”憲法改正議論は、誠実で民主主義を重んじる政権の下で”
”まずは憲法改正プロセスを明記した第96条の改正を”
これがDr.ナイフの憲法改正に対する意見です。
最後に。
もしこの記事を、憲法改正に関わる政治家の誰かが読んでくれたなら、お願いがあります。
SNSではおそらく、あなた方の想像を超えた憲法議論が飛び交っています。間違った知識、誤った理解、飛躍した議論、感情論。憲法に詳しく、長く取り組んできた政治家のみなさんからしたら、あり得ない話かもしれません。しかしこれが実態です。憲法審査会などで議論されている話とは、あまりに距離感がありすぎるのです。
しかし考えてみてください。SNS上で憲法のことを発信する人たちは、改憲派であれ、反対派であれ、実は普通に探してもなかなか見つからない、憲法に関心を持つ国民です。この人たちから話を聞かないで、誰から話を聞くんですか?
まずは、この人たちとの距離感を縮めることから準備を始めませんか。
そこから憲法改正の第一歩が始まると思います。
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