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『粛清裁判』『国葬』『アウステルリッツ』~「群衆3部作」が問う現代の民主主義

セルゲイ・ロズニツァのドキュメンタリー映画を観て

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

強制収容所を訪れる観光客にカメラを向ける

 ロズニツァ氏の「群衆3部作」で年代順に紹介される3つ目の映画は『アウステルリッツ』である。

 この映画にはアーカイヴ映像は一切なく、ロズニツァ氏がザクセンハウゼンやブーヘンヴァルト、ダッハウの3強制収容所の諸所にカメラを据えて撮影した映像だけが使われている。

 映画の冒頭、ザクセンハウゼン強制収容所を訪れた観光客たちの姿が延々と映される。2カット目と3カット目になると、「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)という標語が記されたメインゲートをバックに記念写真を撮る観光客の姿が映され続ける。

 実はこの映画、約100分のドキュメンタリーであるにもかかわらず、全部で30のカット割りしかない。1カット3分か4分の間、カメラ・パンもチルトも一切ない。ストーリーもナレーションもなく、聞こえてくるのは観光客のざわめきとカメラのクリック音、それに収容所を案内するガイド役の断片的な説明だけだ。

 そして見えるものは、当時のユダヤ人が置かれた途轍もなく不条理で残虐な跡地と記念物、それらの横をハンバーガーを齧りながら素通りしていく現代の「群衆」の姿である。

拡大ヒトラーが政権を取った1933年につくられたダッハウ強制収容所跡では、国内の中高生たちが「負の歴史」を学ぶため、毎日のようにやってくる=2015年3月24日、ドイツ・ミュンヘン郊外

 私は3カット目でロズニツァ氏の狙いに気がつき、すべてのカットを数え、重要だと思われるカットを頭に刻んだ。

 8カット目、収容所の庭に立つ3本の柱。ガイドが説明する。

 「独房者は順に後ろ手に縛られ、その姿のままこの柱に吊るされました。苦痛を味わいながらすぐに死にました」

 一人の男性観光客が柱に寄りかかってその姿を真似、女性観光客が記念写真を撮る。別のカットでは、死体解剖所や焼却場で記念写真を撮影する。これらの観光客の脳内には生きた歴史や生きた人間の姿は存在しない。

 この映画のタイトル『アウステルリッツ』は、ドイツの現代作家W・G・ゼーバルトの同名小説から採っている。ロズニツァ氏は、ゼーバルトの手法は自身のそれに似ていると言っている。

 たしかに。しかし、それ以上に共通しているのは互いの作品を成り立たせている思想だ。21カット目でカメラを据え付けた場所は、恐らくザクセンハウゼン強制収容所のガス室を内包する要塞のような建築物だ。

 この要塞のようなコンクリートの塊の中には一体何があるのか。何があったのか。

 強制収容所のひとつ、ベルギーのブレーンドンク要塞を見つめるゼーバルト作品の主人公・建築家アウステルリッツはこう言っている。

 「その形は私の想像の埒外にあって、とうとう最後まで、人類の文明史上自分の知るいかなる形態とも、いや有史以前か歴史初期のいかなる物言わぬ遺構とすら結びつけられなかったのである。(略)風化した粒々と、石灰の縞模様に表面を被われている要塞は、まさしく醜悪さと見境ない暴力をこれ以上ないまでに具現した石の怪物であった」

 アウステルリッツは、英国のリヴァプール・ストリート駅についてはこうも語る。

 「中央ホールが地下15ないし20フィートの深さにあるこの駅は、80年代末に改築のはじまる以前はロンドン屈指の薄暗い不気味な場所であり、そこかしこにしばし言及されたように、冥界の入り口めいた気配を漂わせていました」

 リヴァプール・ストリート駅は、18世紀まで、精神病患者を非人間的な過酷さで扱い苦しめた王立ベスレム病院の跡地に建設され、第1次世界大戦ではドイツ軍の爆撃によって162人が犠牲になった場所だ。

 ロズニツァ氏は、ゼーバルトのこの視点を引き継ぎ、何カット目かは私の記憶にないが、見学する観光客の姿がまるで収容所をさまよう亡霊のように見えるシーンを少なくとも2カット残した。ゼーバルトに捧げたオマージュだったろうと私は想像する。

 この批評文も核心部分に近づいた。

 ロズニツァ氏がオマージュを捧げたゼーバルトの思想は何に影響を受けたのか。数々の批評家が指摘しているように、ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンの『歴史の概念について』である。その中にある「歴史哲学テーゼⅨ」でベンヤミンはこう語っている。有名な「歴史の天使」の箇所だ。

 「かれ(歴史の天使)は顔を過去に向けている。ぼくらであれば事件の連鎖を眺めるところに、かれはただカタストローフのみを見る。そのカタストローフは、やすみなく廃墟の上に廃墟を積みかさねて、それをかれの鼻っさきへつきつけてくるのだ。たぶんかれはそこに滞留して、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せあつめて組みたてたいのだろうが、しかし楽園から吹いてくる強風がかれの翼にはらまれるばかりか、その風のいきおいがはげしいので、かれはもう翼を閉じることができない。強風は天使を、かれが背中を向けている未来のほうへ、不可抗的に運んでゆく。その一方ではかれの眼前の廃墟の山が、天に届くばかりに高くなる。ぼくらが進歩と呼ぶものは、<この>強風なのだ」

 引用が長いのでどこかをカットしようと思ったが、ベンヤミンのこのテーゼはあまりに重要なのでとても省略できるところがない。

 「歴史の天使」に姿を借りたゼーバルトやロズニツァ氏は、廃墟の山を見つめ「死者たち」を目覚めさせて歴史をありのままに眺めようとするが、「進歩」という名前の強風が吹き付けてその「翼」を遠くに運んでいこうとする。

 現在の日本でも歴史修正主義がかつてないほどはびこっている。死者たちを目覚めさせて思いを語ってもらい、廃墟の山を見つめ続けなければ、歩いてきた道もこれから続く道もわからないのに、それを闇の中に消し去ろうとするうごめきが強くなっている。

 映像ドキュメンタリー『アウステルリッツ』の26カット目は極めて重要だ。映画のスクリーンを見ている者にはわからないが、定点カメラがアップで捉えた3人の女性観光客の表情が、下の方の何かをじっと観察しながら極めて深刻なものに変わり、長い時間何かの思いに耽っている。

 その表情ともの思いの時間はすでに観光客のものではない。このカットは長い時間をかけて3人の表情を追い、音の輪郭もぼやけてくる。全30カットの中でこのカットだけ特別な音響効果を施しているのがわかる。「歴史の天使」が舞い降りているのかどうか、ナレーションは何もないので映像を見る者の想像だけに任されている。

 最後の30カット目は、映画の最初に映し出された「ARBEIT MACHT FREI」の正門を出てくる観光客の群れの姿だ。その観光客たちの表情はほとんど揃って笑顔だ。抑圧の記憶の場所から現在の明るい陽射しの下へまさに解放された気分が笑顔となって現れているのだろう。その頭には瀟洒なホテルの柔らかいベッドやディナーとアルコールなどが去来しているのかもしれない。

 しかし、ロズニツァ氏はそれを批判しているのではない。「公式インタビュー」から氏の言葉を引用しておこう。

 「私たちは自らの過去を忘却し、そのことで人間と社会に劣化が起きている事を理解する必要があると思いました。そして私は強制収容所を訪れる観光客にカメラを向けました。(略)私はそこに映る何も美化されず、冒涜もせず、そして強調もされていない、ホロコーストの記憶の現在の在り方を正確に伝えたかったのです」

 美化も冒涜も強調もなしに映し出された群衆。それはそこにそのようにして存在するしかないのだ。

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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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