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「フリーゲージ高速列車」が「一帯一路」の空間を拡大か

空間を切り裂く鉄道

塩原俊彦 高知大学准教授

 2020年10月21日、中国の鉄道車輛メーカー、中車長春軌道客車股份有限公司(Changchun Railway Vehicles Co., CRRC)は、レール幅(ゲージ)に合わせて車輪幅を自在に可変できる高速列車(いわゆるフリーゲージ式車両)の試作型を発表した。

 翌日付の「人民網日本語版」や鉄道専門の情報機関の報道(Railway Gazetta2020年10月20日付)によると、同社の製造する高速列車(CHR400-BF)をもとに、ゲージ可変装置を組み込んでゲージに合わせて車輪幅を変えられる列車を開発したという。時速400㎞の高速列車でありながら、フリーゲージ対応可能というのである。同列車は環境適応性が高く、氷点下50度から50度までの温度範囲で運行できる優れものらしい。

 これが事実であれば、レール幅が異なることで、国境で車両の台座部分を交換する作業を省略でき、中国の高速列車網をそのままユーラシア大陸に広げることを可能にする。その意味で、このフリーゲージ高速列車は中国の「一帯一路」構想を実現するための切り札となりうる重要な成果と言える。

 ここでは、鉄道が空間や時間に与えた影響を紐解きながら、今回の中国の発表についてもう少し詳しく説明してみたい。

拡大中国と欧州を結ぶ定期貨物列車「中欧班列」の模型と地図を見学する人ら。=2018年11月6日、上海・中国国際輸入博覧会

鉄道が変えた時間

 手始めに、鉄道の重要性を理解してもらうために、鉄道が時間と空間を変えてきたという歴史的事実について紹介したい(学術誌『境界研究』に収載されている拙稿「サイバー空間とリアル空間における「裂け目」」にも紹介した内容なので、詳しくはこちらを参考にしてほしい)。

 鉄道が時間を変えた話からはじめたい。米国で鉄道時代の幕開けを迎えるのは1830年代だが、列車の出発時刻や 到着時刻を正確に把握できなければ、鉄道の円滑な運行は不可能であるから、鉄道の運行は中央集権的に管理されるようなる。これは衝突事故などの回避のためでもあった。

 運行時刻の正確さが重視されるようになると、1852年頃には鉄道沿いに電信を敷設することで時刻を同調させるようになっていく。だが、総延長5万マイル(約8万キロメートル)強の鉄道が敷設された1870年頃になっても、400社を超す鉄道会社が存在し、鉄道運行監督者は75以上の異なる時刻を割り当てなければならなかった。また当初、鉄道は単線が多く、時間厳守によって車両運行を管理しなければ衝突の危険があったため、1872年に複数の鉄道会社が集まって時刻の統制を協議し始めた。だが協議は難航し、鉄道標準時が導入されたのは、1883年11月18日であった。

 ここで米国(カナダの一部を含む)は五つのゾーンに分けられ、標準時のなかに統合された。この事態が意味するのは何であろうか。すなわち、 鉄道というネットワークの誕生が既存の時間概念に一種の裂け目を与え、時間の標準化を促したことになる。一度は個別に分割した時間を標準時のなかに統合することで、いわば客観的時間たる「時刻」が国全体に適用されたのである。

 鉄道の影響力の大きさを如実に示しているのは「神の法」を変えたことだろう。「安息日」に働くことを拒否していた労働者たちが、鉄道の運行により、働かざるをえなくなったことだ。1794年4月22日に施行されたペンシルベニアの法律では、日曜日には働くことが禁止され、違反者には4ドルの支払いが科されていた。ところが、鉄道の重要性が 増し、日曜日に教会に向かう人々を輸送する必要性が高まった(なぜなら多くの都市自体が鉄道の駅を中心に発展し、その駅の周辺にもっとも古い教会がつくられていたからである)。この結果、同法律は適用されなくなり、日曜日もまた鉄道の運行が行われるようになったのである。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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