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国民民主党「憲法改正への論点整理」に込めた願いは愚民思想からの卒業

憲法論議を国民の自律的な意志で国家を維持・発展させていく第一歩としよう

山尾志桜里 衆院議員

 臨時国会の実質的な最終日となった12月4日、国民民主党憲法調査会は「憲法改正に向けた論点整理」をとりまとめた。

 閉会後の閑散とした議員会館で、あらためてこの「論点整理」のプロセスと内容を振り返るとき、この改憲案の最大のテーマは「愚民思想からの卒業」であり、それこそが「戦後日本の最大の宿題」であるということを実感している。

拡大憲法改正に向けた論点整理を公表する国民民主党の山尾志桜里衆院議員。左は玉木雄一郎代表=2020年12月7日、国会

マッカーサーの愚民思想を引き継いだ日本の政治家

 「もしアングロ・サクソンが、科学、芸術、神学、文化などの分野において45歳だとすると、ドイツ人は我々同様十分成熟している。しかし、日本人は歴史の長さにも拘らず、まだまだ勉強中の状態だ。近代文明の尺度で計ると、我々が45歳であるのに対し、日本人は12歳の子どものようなものだ」

 「勉強中は誰でもそうだが、彼らは新しい手本、新しい理念を身につけ易い。日本人には基本的な思想を植えつけることができる。事実、日本人はうまれたばかりのようなもので、新しい考え方に順応性を示すし、また、我々がどうにでも好きなように教育ができるのだ」

  これは1951年5月、米国上院の軍事外交合同委員会におけるダグラス・マッカーサーの発言である。

 戦後の日本占領の最高責任者から、「日本人は12歳の子どものようなもの」と公言されたことには怒りの感情を禁じ得ないし、あまりに傲慢な日本人観、浅薄な愚民思想だと言わざるを得ない。しかし他方で、戦後75年が経過した令和の時代に生きる我々日本人が、この見方を覆すに足りるだけの自律的な「基本的な思想」を持ち得ているかと問われたら、私は言葉に詰まる。

 そして、その自律的な「基本的な思想」を持ち得ていないことの責任の相当部分は、政治家が背負うべきだと思っている。なぜなら、戦後の初期に米国側から示された「愚民思想」を引き継いだのは、日本の政治家そのものだからだ。

 次の発言を聞いてもらいたい。

 「議会のコンセンサスがとれなかったから、最後、国民に決着させようということは、国民を戦わせることになってしまうんですね。これは非常に社会の分断を招くんじゃないかというように懸念をいたします」

 これは、令和2(2020)年11月19日、憲法審査会における辻元清美議員の発言である。日本国憲法が採用する民主主義の理解、そして日本国民に対する見方が、私とは相当違うことに驚いた。

 社会の分断を招くのは、「国民に判断させること」そのものではなく、「政治家同士が非難の応酬にかまけて、国民の判断のための適切な情報提供をしないこと」にあるのだ。日本国民は、思考の材料が適切に提供されれば、自らの考えに基づいて粛々と判断する能力を十分に持っている。

 「議論」と「戦い」の区別がつかず、「議論」の末の「多数決」の結果を受け止めることができないのは、むしろ政治家に顕著な特徴であって、国民多数のもつ特徴ではない。「移民」や「宗教」という大きな分断要素を西洋諸国ほど強く持っていない日本において、最終判断権を国民に委ねることをなぜそこまで忌避するのか。

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筆者

山尾志桜里

山尾志桜里(やまお・しおり) 衆院議員

宮城県仙台市生まれ。小6、中1の多感な時期に初代「アニー」を演じる。東京大学法学部卒。司法試験に合格し、検察官として、東京地検、千葉地検、名古屋地検岡崎支部に着任。民主党の候補者公募に合格し、愛知7区から国政に挑戦、2009年に衆議院議員総選挙に初当選。14年に2期目当選。16年3月の民進党結党に際して政務調査会長に就任(~9月)。17年9月に民進党を離党し、同10月に無所属で3期目当選。現在、国民民主党に所属。著書に『立憲的改憲――憲法をリベラルに考える7つの対論』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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