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権力移行期のオマーンを襲ったコロナ禍で増幅される矛盾

[15]新聞・雑誌の発行停止、歳入減で新税の導入

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 オマーンはほとんどニュースにならない国であるが、イランと対峙するホルムズ海峡の南岸を抱え、ペルシャ湾岸の安全保障の要を握る国である。2020年1月に、1970年以来50年間にわたって君臨してきたカブース国王が死去し、ハイサム国王が即位した。新国王の下、脱石油に向けて経済・社会改革を始めようとした矢先に新型コロナの感染拡大に見舞われた。

 オマーンの新型コロナ感染は、12月17日現在で確認陽性者12万6835人、死者は1480人。人口は福岡県と同程度の510万で、陽性者は福岡県の19倍、死者は13倍となっている。日本の人口規模で考えれば、3万人を超える死者を出していることになり、かなり深刻な事態である。

オマーンの新型コロナウイルス感染状況(2020年12月17日時点) 出典:世界保健機関拡大オマーンの新型コロナウイルス感染状況(2020年12月17日時点) 出典:世界保健機関

 5月中旬から陽性者が増え始め、7月中旬をピークに、8月上旬まで感染拡大の第1波があった。政府は都市封鎖策をとって抑え込み、8月半ばに減少したが、すぐに下旬から10月半ばまで増え、その後、徐々に減っている。

 コロナ感染の初期、3月にオマーンのメディアが伝えたコロナ対策最高委員会が発表したコロナ対策7項目は次の通り。

1.政府関係の職場に勤務するのは職員の30%以内とし、残りはリモートワークとする。
2.公共の場所での集まりを禁じ、違反する者には適応した措置をとる。
3.両替商はすべて閉店し、銀行が感染対策をとって両替業務を行う。
4.紙媒体の新聞、雑誌、すべての出版物の印刷と流通を停止する。
5.すべての官民の顧客対応の窓口を閉じ、電子対応だけとする。
6.民間企業はリモートで働くメカニズムを考案し、労働者や社員の人数を減らす。
7.企業も個人も商取引での現金の扱いを減らし、代わりに電子決済をする。

 新聞や雑誌の印刷を停止する措置について、ベルギーのブリュッセルに拠点を置く欧州民主主義・人権センター(ECDHR)は「コロナの感染拡大の際に、オマーンでは言論の自由の制限が新たな形態をとっている。ウイルスの伝染を減らすという口実で、政府系と独立系の新聞や雑誌の印刷や配布を停止した」として、言論弾圧策との見方をしている。

 報道や言論を規制する政策は、カブース前国王時代から続いている。前国王は、首相、国防相、外相、財務相を兼務した絶対君主だった。

 前国王は、イランからイスラエルまでの全方位外交で知られた。2015年、欧米がイランとの間で核合意を結ぶ前に、イランと米国の仲介役をした。2018年10月にはイスラエルのネタニヤフ首相がオマーンを公式訪問し、カブース前国王と会談した。この会談が、今年続いたUAE(アラブ首長国連邦)やバーレーンなど湾岸アラブ諸国とイスラエルとの国交正常化の始まりとなった。前国王の死によってイスラエルとの国交正常化は一旦停止したが、友好関係は続いている。

 一方でカブース体制は、政府に批判的な言論や報道を認めない強権政治を行った。

 2011年1月のいわゆる「アラブの春」に影響され、首都マスカットなど国内の数カ所で、若者たちによる平和的なデモが起こった。彼らは「腐敗撲滅」「真の議会の設置」などを求め、一部では軍隊が出動して制圧し、死傷者が出る事態になった。

 前国王は2011年4月に「アラブの春」に参加した若者たちの意見表明や連絡の手段となったツイッターやフェイスブックなどSNSの取り締まりのための「サイバー犯罪取締法」を国王の勅令として出し、5月にはSNS活動家の大量逮捕に乗り出した。

 2016年、国際的人権組織「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」がオマーンを含む湾岸アラブ諸国6カ国で拘束されている140人の政府批判活動家を網羅する告発報告書を公表した。オマーンからは改革支持の活動家12人が掲載された。その報告書の中で、2014年にオマーンを訪れた国連の人権報告官が「改革を語ろうとしたり、動こうとしたりする者を恐れさせ、黙らせる政治文化がいきわたっている」と述べている。


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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