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【7】司法改革を急げ:デジタル化で刷新せよ

司法が立法や行政に厳しく対峙できなければ、ニッポンの「病」はいつまでも治らない

塩原俊彦 高知大学准教授

 グローバルな権力関係を問う地政学を研究していると、国際比較が大変に役に立つ。各国の政治や経済にかかわるさまざまな指標を比較考量することで、国際関係上の変化を読み取ることが可能となるからだ。もちろん、為替レートの設定の困難といった問題があるために、あくまで相対的な関係しか分析できないが。

 こんな研究を長年している筆者にとって、司法制度の国際比較が極端に少ないことが悩みの種となっている。とくに、日本の司法制度を他国と比較した信頼できる調査はほとんど見かけない。まるで、国際比較を忌避することで日本の司法制度の後進性を隠蔽しようとしているのではないかと思えてくる。

 ここでは、2002年9月に欧州評議会・閣僚委員会によって設置された「欧州正義効率委員会」(CEPEJ)が欧州評議会の加盟国やオブザーバー国(合計45カ国)について2018年のデータに基づいて比較した報告を紹介し、司法制度の国際比較の重要性を指摘したい。そのうえで、情報隠しによって不透明なままの日本の司法制度が時代錯誤であり、それが日本の立法や行政における腐敗の温床になっているという「ニッポン不全」について論じてみたい。

興味深い国際比較1:裁判官・検察官の人数

 まず、司法制度を国際比較するうえでの困難について確認しておきたい。

 欧州諸国には、ゲルマン法によって影響を受けたとされるオーストリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、クロアチア、チェコ、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、モンテネグロ、北マケドニア、ポーランド、セルビア、スロバキア、スロベニアがあるほか、ノルド法、コモンロー(伝統や慣習、先例に基づき裁判をしてきたなかで発達した法分野)、ないしナポレオン法によって影響を受けたベルギー、デンマーク、フランス、アイルランド、イタリア、マルタ、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、英国がある。法制度のそもそもの違いが現代にまで影響をおよぼしているために、司法制度の比較自体が難しいのである。

 それでも、違いは違いとして現状を分析することに意味がないわけではない。各国の司法制度が互いに影響し合っている以上、その比較考量は21世紀の現実に即応した制度に互いの制度を改めるための論点を提供してくれる。

 たとえば、裁判官の人数を比較してみよう。といっても、裁判官には、①裁判官として採用・訓練・報酬を受けた、その職務を恒久的に遂行する専門裁判官、②裁判官としての職務を恒久的に遂行するわけではない、臨時の専門裁判官、③専門裁判官、仲裁人、陪審員の範疇に属さない非専門裁判官――がいる。

 ここで、①の裁判官の住民10万人あたりの人数を示した図1をみてほしい。興味深いのは、イングランド・ウェールズの3.1人、デンマークの6.5人に対して、セルビアは37.1人、ブルガリア31.8人、ハンガリー30.2人といった具合にきわめて多数の専門裁判官がいる国があることだ。こうした違いは前述した法制度の差異に大いに関係しているのかもしれないが、一部の国では裁判官の人数が多すぎるのではないかといった議論が可能になるだろう。

拡大図1 住民10万人あたりの専門裁判官の人数 (出所)European judicial systems CEPEJ Evaluation Report: 2020 Evaluation cycle (2018 data), Part 1, Tables, graphs and analyses, Council of Europe, 2020, p. 46.

 同じく、住民10万人あたりでみた検察官の数を比較するとどうなるだろうか。それを示したのが図2である。ここで注目されるのは、旧ソ連地域における検察官の相対的多さである。ロシアは住民10万人あたり23.5人であり、フランスの3.0人、イタリアの3.7人、イングランド・ウェールズの4.2人などと比べると、きわめて検察官の数が多いという印象を受ける。共産主義イデオロギーを思想監視と弾圧によって守ろうとしてきたソ連時代の司法制度がいまも息づいているとみて間違いあるまい。エストニアのように、その危険に気づき改革に着手できた国では、検察官の数は住民10万あたり12.8人まで減少したが、司法改革が進んでいないラトビアは23.5人、リトアニアは23.8人であり、ウクライナの25.1人、モルドバの24.2人も司法改革の遅れを示している。

拡大図2 住民10万人あたりの検察官の人数 (出所)European judicial systems CEPEJ Evaluation Report: 2020 Evaluation cycle (2018 data), Part 1, Tables, graphs and analyses, Council of Europe, 2020, p. 57.


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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