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宇宙空間の地政学:その覇権争奪

民間企業や個人投資家も巻き込んで宇宙の仁義なき開拓闘争の到来か

塩原俊彦 高知大学准教授

 いま、宇宙空間を「囲い込む」動きが世界中に広がっている。国家間だけでなく、民間企業を巻き込んだ開発競争時代の幕開けといった状況になっている。これは、地政学的にいえば、宇宙空間をめぐる覇権争奪の激化と指摘することできる。そこで、この現状について考察してみることにした。

基本法たる「宇宙条約」

人類初の人工衛星スプートニク1号
 宇宙空間をめぐっては、1957年10月4日、ソ連が人工衛星スプートニク1号を打ち上げて以降、米ソ間の開発競争というかたちでスタートした。その後、1959年に米ソ英仏日など12カ国が採択し1961年に発効した南極条約をモデルに、1966年の国連総会での採択を経て1967年に「月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約」(宇宙条約)が発効した。

 その第2条では、「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用、占拠またはその他のいかなる手段によっても国家による占有(appropriation)の対象とはならない」と定められている。1979年に国連総会決議で採択され、1984年に発効した「月その他の天体における国の活動を律する協定」(月協定)でも、第11条第2項で、「月は、主権のいかなる主張、使用または占拠、その他のいかなる手段によっても、国家の占有の対象にはならない」とされている。加えて、同第3項では、「月の表面または地下、もしくはこれらの一部または本来の場所にある天然資源は、いかなる国家、政府間国際機関、非政府機関、国家機関または非政府団体もしくはいかなる自然人の所有にも帰属しない」と規定されている。

 ただし、この月協定の批准まで至っているのは2020年11月末で18カ国にすぎない。先進国では、オーストリアやオランダが批准しているだけだ。月の資源開発が夢から現実への変わろうとすればするほど、宇宙を「グローバル・コモンズ」(全地球的な共有地)とみなす見方が薄れつつあるのだ。

注目すべきトランプの行政命令

 宇宙開発の先頭を走る米国は2015年になって、「商業宇宙打ち上げ競争力法」を施行した。運輸長官に、「宇宙飛行参加者を含め民間部門による商業宇宙打ち上げおよび再突入を奨励し、容易にし、および促進すること」が義務づけられることになった。これにより、宇宙開発への民間企業による本格参入の時代がはじまったと言える。さらに、ドナルド・トランプ大統領は2020年4月6日、「宇宙資源の回復と利用のための国際的な支援を奨励することに関する行政命令」を発出するに至る。

 そこには、注目すべき文言が書かれている。

 「米国人は、適用される法律に沿って、宇宙空間における資源の商業的探査・回収・利用に従事する権利を持つべきである。宇宙空間は、法的にも物理的にも人間の活動の固有の領域であり、米国は宇宙空間をグローバル・コモンズとは考えていない。したがって、適用法に沿って、宇宙空間における資源の公私の回収および利用に対する国際的な支援を奨励することが米国の政策である」

 というのがそれである。つまり、トランプはこの行政命令によって、米国政府と米国企業がともに手を組んで宇宙空間における覇権を握ろうと積極策に打って出ることを宣言したことになる。

先駆的なルクセンブルク

 実は、民間企業が宇宙開発に乗り出す場合、いったいだれが宇宙で開発した資源や資産を保護してくれるのかという問題が生まれる。通常、占有権と処分権からなる所有権は各国政府によって保障されているが、宇宙での開発がもたらす権利がどう保護されるかについてはまったく曖昧であった。そこに目をつけたのがルクセンブルク政府である。

 2016年になって、ルクセンブルク政府は「宇宙資源イニシアチブ」を発表する。同政府は宇宙資源の探査・利用において主導的な役割を果たすことで同国への投資家や革新的企業を誘致することをねらって、その管轄下で探査された宇宙資源が平和目的であり、人類の恩恵のために国際法と両立する持続可能な方法で収集・利用されることを保証するというのだ。このイニシアチブは、ルクセンブルクの宇宙部門の既存の専門知識や将来のハイテク産業への経済的多様化戦略に基づいて、高度な研究活動および技術力の支援のもとに構築されている。そのために、宇宙庁が2018年9月に設立された。

 さらに、2017年には、民間企業が

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