「社会に分断をもたらす」のは悪なのか?
2020年12月31日
「国民投票と住民投票~直接民主制の威力と魅力(上)」では、大阪市、真鶴町もスイス、イギリスも、住民投票・国民投票が行われたことによって、多くの人がいがみ合ったり社会が分断されたりしたわけではないと論じてきた。ただし、私はそうした投票実施によって社会的分断が生じたとしても、それを一概に「悪いこと」だとは考えない。
近年の日本社会の一つの特徴だが、地域や職場や学校で「政権への評価」、「原発再稼働」など政治について話題にするのはやめよう、議論するなんてありえないといった空気が強まりつつある。大学生など若者の間でその傾向が顕著なのだが、議論をしたらクラスでギクシャクしてしまうからと、意見のぶつかりあいを嫌って未然にそれを回避する。そういう姿勢は、程度の差こそあれ地域や職場においても常態化している。それでは民主主義は鍛えられず、どんどん弱まってしまう。
「原発」をめぐって大きく揺れた新潟県の巻町も刈羽村も、臆することなく「異議あり」と声をあげ起ちあがった人たちがいたから町内で議論が巻き起こり、民主主義と市民自治が育まれ強化された。そして、そうした例は当然のことながら諸外国の国民投票でも数多ある。
例えば、カトリック教会から強い精神的支配を受けているイタリアやアイルランドにおいて、「離婚の合法化」「人工妊娠中絶」をめぐり進歩派の女性たちが中心となって声を上げ、一定数の国民が信者同士や家族間で厳しく対立した。そのことによって「社会的分断」をもたらしながらも、両国とも国民投票でこの問題に決着をつけた。
「分断」をもたらすのは悪いことなのかということを、この「離婚の合法化」という事例で考えたい。
イタリアでは長年にわたりカトリック教会の強い影響を受けて離婚をタブー化し、それが法的に認められることはなかった。だが、1960年代以降、離婚の合法化を切望する人々が急速に増え、その声を代弁するように「女性解放運動」のグループや社会、共産両党が動いた結果、国会は1970年5月に国民投票法を制定した後、同年12月に「婚姻解消の諸々の規律(離婚法)」を制定した。その際、キリスト教民主党は、この離婚法をあとで必ず国民投票に付すことを条件に制定に同意した。
翌71年には避妊薬ピルの使用が法的に認められ、78年には「人工妊娠中絶」に関しても合法化。これに反発し、巻き返しを図ったのがキリスト教民主党やカトリック教会だった。彼らは「離婚法の廃止に向けた国民投票委員会」を立ち上げ、憲法75条で認められている「法律廃止のイニシアチブ(国民発議)の権利」を行使。規定の50万筆を超す請求署名を集めて離婚法を廃止するか否か(つまり以前のように離婚を非合法とするか否か)を問う国民投票に持ち込んだ(1974年5月13日実施)。
教会はローマ法王の権威を背景に、7割を超す国民が信者となっているイタリア国民に対して「離婚法廃止賛成」に投票するよう強く求めたが、92人のカトリック系知識人が「離婚法廃止反対」を表明するなど教会勢力や信者は賛否で「分断」。なかには親子、夫婦で諍う家族もあった。
【投票結果】設問は「離婚法の廃止に賛成しますか?」
有権者総数 37,646,322
投票率 87.72%(33,023,179票)
賛成票 40.74%(13,157,558票)
反対票 59.26%(19,138,300票)
この投票結果により引き続き離婚が法的に認められることになったものの、1970年の「婚姻解消の諸々の規律(離婚法)」では離婚手続きが極めて煩雑で容易には離婚ができず、法的手続きを済ませることなく新たなパートナーとの暮らしを始めるという「不倫関係」となるケースが少なくなかった。そうした問題を解決すべく2015年に離婚法が改正され、離婚手続きが比較的容易になった。ただし、改正後も改正前同様、離婚法が適用される「離婚原因」は限られ「申請のための要件」も厳しい。
「一度結婚したら一生別れられないなんておかしい」と考える人々が、カトリック大国のイタリアにおいて
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