IT巨大資本の独占を事前管理し始めた中国政府~アリババ傘下アント上場延期の真相
アントを含むアリババ集団は中国政府の意を受けた企業として成長を続ける?
酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授
限りなく銀行に近い金融仲介業者
アントはオンラインモールであるタオバオ(アリババの子会社)の「独身の日」セール等で買い物をする若者を、新たな与信先として開拓する。その与信は、アント内の金融会社である花唄(最長30日間まで無利子の融資で日本の消費者金融に相当)や借唄(アリババ集団でクレジットカードを使う場合のキャッシング・サービス)が行った後に、既存の銀行に移管するか、与信のための審査手続き等を行うだけで、最初から融資するのは既存の銀行というシステムを採っている。
発行目論見書から見て取れる融資金利は年間約11%。既存の銀行に聞くと、アントに支払う手数料は当該銀行の貸出収入(融資金利x金額x期間)の15%とのことだったので、2017年のアントの年間与信関連収入(銀行の貸出収入x15%)は346憶元(5400億円)だったと推計できる。勿論、これ自体が巨額な収入だ。
また、アントは保険商品および投資商品の販売手数料も増やしている。発行目論見書上はこれらの合計で営業収益の4割を占めていたが、上場直前の本年上期は6割強にまで増加していた。しかも、そのうちの4割は中小零細企業や個人向けだった。
このように、アントでは、これまで対象外とされてきた小口先を対象とした金融商品販売関連の収入の伸びが非常に大きい。つまり、与信関連のみで言えば、残高をあまり持たないことで金融規制上の必要な資本を少なく抑えて、既存の銀行から受け取る手数料で巨額な収入を稼ぐというのが、アントのモデルだと言える。
さらに、これに保険と投資の両商品を加えた全体としては、主として既存の銀行等が対象としてこなかった相手に対し、デジタル化したプラットフォームでマス販売することで、手数料を稼ぐビジネスモデルの会社なのである。
要は、業務遂行のためにテック(Technology)を使う企業ではあるものの、その実態はフィン(Finance)企業だと考えるべきだろう。

アリババの「独身の日」セールでの流通総額を示す画面=2020年11月11日、浙江省杭州
日本にあったモデルをデジタル化
こうしたアントのビジネスモデルを前提とすると、ジャック・マー会長が、上場予定日前に、金融技術は金融規制を凌駕するという趣旨の発言を行った理由も理解できないわけではない。
彼からすれば、アントが創出した新たなビジネス領域は、従来の金融規制が対象とはしないものだと考えたのだろう。しかも、それを人海戦術ではなくAIで行うわけで、規制がビジネスに追いつかない実態が一段と明確になっている。
しかし、実は、アントのビジネスモデルに組み込まれている複数の機能は、かつて日本の金融機関や消費者金融会社が行ってきたモデルでもあり、それをデジタル化したものに過ぎない。
例えば、若者や買い物のために一時的な借入れをしたい人向けのその場での少額の与信は、30年ほど前に関西の地銀が手がけたのが始まり。具体的には、対面審査ではなくファクスでの申請を前提とした簡易審査により数時間で与信決定するという、当時としては斬新なルールを導入した。
しばらくすると、この仕組みは消費者金融会社に採用され、銀行という敷居の高い組織まで行かなくても、街角の電話ボックス程度のスペース内で少額の借入を行うことが出来るようになった。