メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

IT巨大資本の独占を事前管理し始めた中国政府~アリババ傘下アント上場延期の真相

アントを含むアリババ集団は中国政府の意を受けた企業として成長を続ける?

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

AIを駆使しても金融は金融

 このモデルの鍵となる審査は、アントの花唄が行っているものと同じ。どこに勤めているか、学生かなど、真面目な生活を送っているかどうかを確認する程度である。違うのは、審査をするのが、人間がAIに変わっただけだ。

 今や、日本でも多くの大手消費者金融会社が銀行系列の子会社となったため、日本の銀行は小口与信先の開拓を外出しせずに自社内に取り込んだと言える。ただし、日本ではアントほどのテクノロジー、つまりデジタル化が進んでいないが……。

 日本では、現在までにこれらの小口金融サービス業が様々な規制を受けてきたことを考えれば、それをAIでデジタル化しただけであるアントが中国で金融規制を受けるのも当然だと言えるのではないだろうか。

 ちなみに、アントの花唄が与信する際の年利は、日本での高金利に対する批判の歴史も参考としつつ11%になっている。これ自体は、日本の消費者金融の15%よりも低い水準である。

 こうみてくると、アントは誰が何と言おうと、やはり金融業をやっている会社なのだ。

マー会長の金融規制批判をどうみるか

 次に、アント上場延期の理由とも言われるジャック・マー会長の10月24日の発言を見てみよう。この発言がでた講演会には、前中国人民銀行総裁で、今は楼継偉元財政部長とともに中国の金融界の発展を指導してきた州小川氏をはじめ、金融関係者が一堂に会していた。

 マー会長は、「バーゼル合意は老人クラブ」としたうえで、「中国の管理能力は高いが監督能力に劣る」、「銀行は考え方が古くて中国の金融は未熟」だと言い放った。そして、イノベーションがこれらを解決すると付け加えたのである。

 読者の中に銀行関係者がいれば、この発言に同意することはあっても反対はしないのではないだろうか。しかも、少し前であれば、これは日本にも当てはまると感じたかも知れない。

 確かに、バーゼル合意は金融システムの安全を守るために様々な資本規制のルールを定めてきたが、それが新たな金融サービスの発展に繋がったことはなく、「老人」という言葉は行き過ぎだとしても、銀行界の新陳代謝を拒んできたのは事実だろう。実際、バーゼルⅢは、欧州の金融のデジタル化を拒んでいるとの批判もある。

アリババのジャック・マー会長  Frederic Legrand - COMEO/shutterstock.com拡大アリババのジャック・マー会長  Frederic Legrand - COMEO/shutterstock.com

 ちなみに、マー会長は同様の発言を他の場所でも行っていたという。しかし、これまでは共産党員でもある彼を、中国の金融当局がターゲットにすることはなかった。なぜか。

 それは、アントのビジネスモデルが、習近平政権が前政権以前から引き継いだ課題、全国民の貧困からの脱出を実現するために必要だったからである。また、タオバオによる商品販売とアリペイによる資金決済サービスの提供により、インフラ整備の遅れた地域にも様々な商品が行き渡ることになり、紙幣が国外に持ち出されるという話も激減した。

 アリババの成長は中国経済の発展を助けたのである。

 しかも、アントのモデルは、インドやミャンマーなどのアジア諸国でも導入され、一帯一路政策も相まって発展途上国に広がりつつある。

 アントはAI機能を駆使した審査で、従来は銀行が相手にしなかった層まで開拓して「金融インクルーシブ(若者や貧困層まで含めた全ての人に金融機能を提供するようとすること)」をかなり実現してきた。

 この動きが、中国内だけでなく世界に広がることは、世界で銀行口座を持てない17億人(うち13%は中国内)の生活の向上にも繋がるという効果がある。それは、中国政府にも、また他の発展途上国政府にもプラスのはずだ。

 従って、11月3日の突然の上場延期発表の際、世界のメディアから出た「マー会長の金融当局への批判などの態度への怒り」という指摘は、筆者は当たっていなかったと感じる。


筆者

酒井吉廣

酒井吉廣(さかい・よしひろ) 中部大学経営情報学部教授

1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の海外拠点考査を担当の後、信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI研究員、2002年よりCSIS非常勤研究員、2012年より青山学院大学院経済研究科講師、中国清華大学高級研究員。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

酒井吉廣の記事

もっと見る