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危機的な状況下で国が国民を守るということ~コロナ禍のフランスの場合

「連帯主義」の伝統のもと、コロナ困窮者への国のサポートをさらに厚く

金塚彩乃 弁護士・フランス共和国弁護士

年頭の記者会見でコロナの感染拡大を防ぐため緊急事態宣言の発出を検討すると発言する菅義偉首相=2021年1月4日午前11時8分、首相官邸

 感染者が増える一方の新型コロナウイルス対策として、政府は東京、神奈川、千葉、埼玉の4都県を対象に再び緊急事態宣言を7日にも正式に決定する構えだ。昨年来のコロナ禍は日本社会に様々な深刻な影響を与えているが、なかでも自殺者の増加は衝撃的といえる。昨年10月には2000人を超え、とりわけ女性の自殺率が前年同月比で80%以上増えたとのことだ。

 「コロナ禍の貧困は女性に、より深刻に襲いかかっている。総務省の労働力調査によると、緊急事態宣言が出た今年4月の女性雇用者数は、3月から約74万人減少した。男性の実に2倍で、多くは非正規労働者に従事していた女性たちだ。非正規、そして非婚または未婚の女性たちが大量に住む部屋を失い、ホームレス化する恐れが高まっている」

 これは、2020年12月20日付の東京新聞朝刊の女性の貧困を特殊した「こちら特報部」からの引用である。

困窮した人に届かない援助

 この文書の後、実際にコロナ禍に家を失ってしまった「サエさん」の証言が続く。新聞によると、40代の独身女性の「サエさん」は非正規の職を転々とし、2年前の職場の上司によるパワハラで心を病みながらも、再就職活動を始めたが不採用が続き、「深い失意の中、コロナ禍が追い打ちをかけ、経済的困窮は極まった。

 今年4月、いよいよ家賃が支払えなくなり、緊急事態宣言下、都内で借りていたアパートを出た。人はこんなにあっけなくホームレスになるんだと知った」と続く。「サエさん」は今、ネットカフェで暮らすという。

 もう一人の「ヨシエさん」も40代。コロナ禍で非正規の仕事のシフトが半減し、生活に行き詰まり、今年に夏にアパートを出てネットカフェで暮らし始めたという。

 これだけでなく、報道では、コロナ禍でさらに拍車がかかった人々の苦しい暮らしに関する記事が、連日続いている。一方、政府が昨年12月15日に閣議決定をした第3次補正予算案の結果、2020年度の歳出総額は新型コロナウイルスの感染防止策などで計175兆円という巨額に上るという。

 とはいえ、困窮した人に援助がいきわたっている感覚はない。

コロナ禍でも自殺者が減少したフランス

 もちろん、コロナで多大な影響を受けているのは日本ではない。同じような悲劇は海外にもあるだろう。しかし、日本の現状とは対照的に、フランスではコロナ禍の中でも自殺者数が減少した。イギリスも横ばいだという。

 周知のとおり、フランスのコロナの被害は日本の比ではない。2020年12月時点で死者数が6万人を超えている。しかも、日本の「自粛」に基づく経済活動のストップとは違って、より厳格な「ロックダウン」も敷かれた。それでもなお、命を絶つ人の数は減っている。

 人が死を選ぶ理由は様々であり、安易に因果関係を打ち立てることはできないかもしれない。日本での急激な自殺者の増加については、今後、詳しい検証と具体的な対策がなによりも期待される。日本人の死生観に言及する向きもあるが、そのような実証的な研究があるのであれば、その認識に基づいた危機下でのより積極的な対策が必要であろう。

 フランスにおいても、なぜ自殺者が減少したのかという明快な解答はまだない。しかし、ひとつ言えるのは、もともと福祉国家として困窮する人々へのサポートが手厚かったところ、コロナ禍で国としてそのサポートをさらに厚くしたという事実だ。専門家の間にもこの事実を重視する認識が存在する。

 そこで本稿では、コロナ禍において国民のサポートのために国は何ができるかを、フランスの例を通じて考えてみたい。もちろんフランスの対策をまねればいいということではないし、この悲劇的な状況に対する特効薬でもない。ただ、誰もが辛い状況の中において、国はどこまで目を配ることができるのか、社会の弱い部分にどれだけ光を当てようとしているのか、国が国民を守ろうという意思表示をする一例として、ご紹介したいと思う。

住居の確保について

 まず、冒頭の「サエさん」の例で取り上げられている住居の重要性について見てみよう。

 コロナ禍でホームレスを出さないように、さらにすでにホームレスの状況にある人に対して、どのような対応が考えられるだろうか。日本ではボランティアの人々の努力による支援はあるが、政府や行政から明示的・積極的な支援の姿勢を見ることはない。フランスではどうか?

「冬季休戦」の期間を延長

 フランスでは、既存の制度として「冬季休戦」がある。なんとも不思議な言葉であるが、これは民事執行法典という法律のL412-6条に定められた制度であり、家賃が払えなくなった人、あるいは不法占拠者らの命を守るため、冬の間は居住している部屋から追い出すことを法律上禁止するというものだ。

 具体的には、建物明渡しの強制執行が毎年11月1日から翌年3月末日まで禁止される。要は冬空のもと、人を道にたたき出すことは許さないという制度である。この時間的猶予の間に、次の居住先や収入を得る手段を確保することが期待される。

 コロナの拡大後、フランスはこの制度について、迅速かつ柔軟な対応をみせた。昨年3月23日に緊急事態宣言が発令された翌々日の25日、期限が迫っていた「冬季休戦」を5月末まで延長することを決定、さらに緊急事態宣言が終了する7月10日まで再延長したのである。

 これ以降に退去を強制される人に対しては、政府から各県知事に対し、可能な限り住居を提供するよう指示が出された。家主にとっては厳しい制度だが、家賃が払えなくなっても、先述した「サエさん」や「ヨシエさん」のようなコロナ禍で住むところを失う人は、制度上発生しないこととなる。

 現在は昨年11月1日から通常の「冬季休戦」が始まり、2021年3月31日まで続くことになるが、状況によっては延長される可能性がある。この結果、2020年は2019年に比べて強制的な明渡し額が激減、地域によっては前年の7~8割減となった。

 ちなみに「冬季休戦」の期間中は、水道光熱費の未払いがあってもサービスをストップしたり、契約を解除することは許されない。また、「冬季休戦」かどうかにかかわらず、一般的に困難な状況にある人たちが、水道光熱費や固定電話、インターネット料金を支払えない場合には、各地方自治体が未払い料金の一部負担をすることも予定されており、この援助申請をしている間は契約を打ち切ることは許されないと法律で決まっている(社会的行動と家族法典L115-3条)。

 すなわち、どのような状況にあっても、外部とのコミュニケーションや最低限の生活が守られる仕組みになっているのだ。

Supavadee butradee/shutterstock.com

ホームレスのサポートを拡充

 ホームレス状態にある人たちのサポート体制の構築も早かった。

 フランスは人々のつながりを「連帯」と呼ぶ。厚生省の名称も正式には「健康と連帯の省」という。いかにして社会で共に暮らす人々が助け合うかという考え方で、日本で声高に主張される「自己責任」とか「自業自得」というような言葉は聞こえない。

 この「連帯」の理念のもと、「道で生活する人々を守る」を旗印に、政府は緊急事態宣言の前からホームレスの人々の支援を強化することとし、政府内に特別な委員会が立ち上げられた。そのための宿泊場所の確保は、緊急事態宣言発令の10日以上前に着手されている。緊急事態宣言が発令された2020年3月23日当日には、マクロン大統領がホームレス支援施設を訪れ、「最も弱い人たちのための社会的連帯」を呼びかけるとともに、支援者に対し感謝の念を伝えている。

 このような中、もともとフランスでは毎年冬にホームレスの人々のために多くの宿泊箇所を準備しているが、コロナ禍においてさらにその場所を拡充することとされた。政府はそのための費用として6500万ユーロ(約83億円※1ユーロを127円で換算。以下同じ。)を予算化、ホームレスの人々に提供する部屋としてホテルなどに17万8500か所を確保した。

 また、イル・ド・フランス地域圏においては、学校の閉鎖で使われなくなった高校の寮を使うことを決定し、9200カ所を確保した。これも含め、地方公共団体の努力は特筆に値する。

 ロックダウンの中、「自宅」で待機することのできないコロナに感染したホームレスの人々を集める拠点の確保も、赤十字社等との協働で行われている。

 ロックダウンで活動が難しくなったボランティア団体が担ってきた食事の提供も、行政が力を入れることになり、学校給食で提供するはずだった食糧があてられた。生活必需品についても、昨年4月1日以降、国からホームレスの人々に一日あたり7ユーロ(約1000円)の小切手がボランティア団体を通じて提供され、最低限の買い物を行うことが可能になった。

「休業補償」と「連帯基金」の制度を実質化

 働いている人への支援はどうか。3月23日の緊急事態宣言の直後、25日に「連帯基金」と「休業補償」の二つの制度が実質化されている。

連帯基金

 まずは「連帯基金」である。日本では聞きなれない言葉であるが、コロナ禍で経営難に陥った事業者を救済するための基金であり、国と地方公共団体からの拠出金により運営される。

 日本の持続化給付金や時間短縮協力金と同じようなものであるが、緊急事態宣言発令直後から条件を満たせば毎月支払われるようになったものである。当初月1500ユーロ(約19万円)で始まった連帯基金からの給付の金額は徐々に引き上げられ、昨年12月には以下のようになった。

◇緊急事態宣言で閉鎖を命じられた店舗(売上規模は問わない)
 以下の額のうち大きい額を支給する。
・1万ユーロ(約127万円)、あるいは
・2019年12月の売上額の20%、ただし、補償の額は20万ユーロ(約2540万円)を上限とする。

◇旅行業、イベント・スポーツ関連業でコロナ禍により影響を受けた事業者
・売上が半減した事業者については、1万ユーロあるいは2019年12月売上の15%
・売上が70%以上減少した事業者については、補償の額は2019年12月売上の20%(ただし補償の額は20万ユーロを上限とする)
・従業員が50人未満の場合には、売上額の80%(但し1万ユーロを上限とする)

◇その他事業者
・従業員50人未満の事業者であり、売上が半減した事業者については、毎月1500ユーロの給付金を継続する。

 また、連帯基金を受給することのできる事業者に対しては、緊急事態宣言発令中は、水道光熱費の支払いが滞った場合であっても、水道光熱費の契約を解除することは禁じられ(3月25日の政令第2020-316号)。さらに、この間家賃の滞納があっても、賃貸借契約の解除を行うことや、未払い賃料に対する遅延利息の請求を行うことも禁じられた。

 興味深いのは、昨年4月に保険業協会が加入者である保険会社の同意を得て、4億ユーロ(約508億円)をこの基金に拠出することを決定していることである。なぜ私企業である保険会社がお金を出すのかという疑問もあるが、フランスの保険は単なる私企業というよりも、一種の国民的連帯を支える公的な制度として構築されているという特徴がある。もともとの保険契約が感染症の場合の売上の減少をカバーしていないなど、中小企業の支援が不十分とされる中、4月には大統領から保険業界に対して「努力」を行うよう要請もあった。

 そのような中、保険業協会は各企業の内部留保から4億ユーロの拠出を決定したわけだ。その他にも、中小企業への投資や医療関係者への補償の強化、保険料を払えなくなった保険契約者の契約の継続の特別措置など、保険業界からの資金援助は32億ユーロ(約4064億円)にのぼるという。

 また、持続化給付金と異なり連帯基金には課税されない。

休業補償

 「休業補償」も昨年3月25日に決定された。一部休業を余儀なくされる場合、従業員が最低賃金(約20万円)のラインにあればその額の100%、最低賃金を超える場合には、額面額の70%(手取り額換算だと約84%)が支払われる。フランスは社会保険料が高いが、この休業補償は社会保険料は科せられない。

 11月1日からは、旅行、レストラン、アート、演劇、鉄道など、感染症拡大でもっと影響を受けている業種の従業員の休業補償が100%とされた。国は使用者が従業員に対して支払った休業補償の85%を保障する。国から企業に対して支払われる補償金の上限は約80万円である。このような手厚い補償もあってか、フランスはロックダウンの中においても人々の購買力が下がらなかった。

 休業補償で興味深いのは、いわゆる「脆弱な人の保護」である。基礎疾患を持っている人や高齢の人のことを意味するが、こうした人々は医師の診断書をもらえば、権利として雇い主に対して休業を求めることができるようになった。

 通常は従業員から「給料をもらいながら休ませてほしい」などとはいえない。その例外が、コロナウイルス感染から弱い人たちを守るために認められたのだ。しかも、これは基礎疾患等をもった本人だけではない。「脆弱な人」の同居親族にも休業の権利が認められた。同居者が外で働くことでウイルスに感染し、「脆弱な人」を危険にさらすことは許されないと考えられたからである。

 同居者に対する休業補償は8月31日で終了となり、その後は個別の事案に応じて医師の診断に基づき休業が認められるかどうか判断されることになった。さらに11月12日に新たな「脆弱な人」の定義が政令で定められ、現在も継続中である。

Claudio Divizia/shutterstock.com

女性を守るための対策

 コロナ禍のもとでは、女性に対する暴力や差別なども深刻化した。そのため、フランスでは女性を守るためのさまざまな対策もとられた。

DV被害への対応

 ロックダウンの状況下では、被害者に逃げ場がなく、DVや家庭内暴力が増加すると言われたが、実際、そうした事例の増加傾向が見られた。多くの場合、被害を受けるのは女性である。

 そこで、緊急事態宣言の発令を可能とした2020年3月23日の法律では、DV被害者や家庭内暴力の被害を受けている子どもが、自らがコロナウイルスに感染、あるいは感染の疑いがあって自宅での隔離措置が必要となる場合、また加害者が同じ隔離措置が必要となる際には、加害者との同じ場所での隔離はなされないことが明確にされた。加害者を自宅から退去させられないケースでは、国の方で適切な隔離施設を提供するものともされた(公衆衛生法典L3131-15条)。

 DVの被害女性に対して政府は2万泊分の避難施設を確保するとともに、被害者支援団体に対し、300万ユーロ(約3億8000万円)の支援金も提供した。

 また3月27日には、内務大臣が薬剤師協会会長と協議を行い、ロックダウンの際、家庭内暴力の被害者が薬局を訪れた際に、薬剤師が警察に暴力を通報することを可能とする制度を発足させた。薬局は人々を24時間受け入れる場所で、気軽に相談でき、ロックダウン中も訪れることができることから、ロックダウンでなかなか加害者と別行動ができない被害者も、全国2万2000カ所で被害申告が可能になるとされた。

 さらに2020年10月27日から2021年3月31日までの期間、政府はUberと協定を締結し、UberはDVの被害者と子供が安全な場所まで避難をするために無料で2000回分の送迎を提供している。Uberはすでに4月にも1000回分の送迎を提供し、Uber Eats を通じて1000食分の食事を提供していた。

 また、被害者が日常訪れるスーパーマーケットにおいても相談窓口を開設したり、被害者の支援団体に対して日常品の代金の値引きや物資を提供するなどの対策が講じられた。政府と民間が協力して女性や子供を守ろうという姿勢が見られるのがフランスの重要な特徴である。

Naumova Marina/shutterstock.com

薬剤による妊娠中絶について

 日本では、そもそも薬剤による妊娠人工中絶が認められていない。女性の体に負担が少なく、WHOにより推奨されている方法が認められていないなど、人工妊娠中絶がいまだに違法とされている点とあいまって、女性の身体に関する問題が色濃く残っている。

 これに対しフランスでは、薬剤による妊娠人工中絶が可能である。ただし、条件として、医療機関、あるいは助産師の施設においてのみ行うことが可能とされているが(公衆衛生法典L2212-1条)、ロックダウン中は望まない妊娠をした女性が医療機関や助産師を訪れることが困難になるという問題が浮上した。

 そこで4月14日、厚生大臣命令により、緊急事態発令中に限り、医療機関外での中絶用の薬剤の服用を可能とするとともに、女性の体を守るためにオンラインでの医師の受診を義務付けることとなった。

 ここで妊娠中絶の問題を取り上げることに、唐突な印象を抱く読者もいるかもしれない。あえて取り上げたのは、医師の直接の診察なしに薬剤を服用することは、女性の体を守ることになるかどうかをめぐって行政裁判が行われるほど、重要な論点であったためだ。

 フランスでの女性の権利の確立は、離婚、女性参政権、1970年代の人工妊娠中絶の合法化(現在は全面的に保険適用)により前身してきたが、女性が産む/産まないを決定できるだけでなく、その権利を行使することができる体制を整えることが、なにより大切だと考えられている。緊急事態宣言下において、いかに妊娠した女性を孤立させることなく、この重要な女性の権利の行使を、ロックダウンとどのように両立させるかが検討されたのである。

メディアにおける女性の扱いを調査

 4月という早い時期から、政府がコロナ禍における「メディアと女性」というテーマの調査を行ったことも興味深い。生活の困窮というテーマからは外れるが合わせて紹介したい。ここでは、危機下において失われやすい権利をどのように守るかという意識が働いている。

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