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憲法53条・臨時国会召集裁判の意味

議会制民主主義を支えるもの

志田陽子 武蔵野美術大学 造形学部教授(憲法、芸術関連法)

司法審査の対象だが判断不可?

 この那覇地裁判決は「内閣は憲法53条後段に基づく要求を受けた場合、臨時会を召集すべき憲法上の義務がある」と明言し、その召集時期についても「合理的期間内に臨時会を召集する義務がある」と判示している。そして、内閣の対応次第では違憲と判断される「余地はある」とも述べた(※)。

※那覇地裁2020年6月10日判決18‐26頁。この判決の内容と問題点については、志田陽子「解釈すれども判断せず――憲法53条訴訟・那覇地裁判決が投げかけたもの」(法と民主主義2020年7月号掲載)で詳しく考察した。

 裁判所がこれを明確に言葉で示したことの意義は大きい。判決のこの部分を読めば、誰でも2017年のケースは憲法違反だとわかる内容だ。

 しかし那覇地裁判決は、結論として原告の請求を棄却した。①憲法53条は、個々の議員の請求権を保障したものとは言えない、②内閣の義務違反に対して、強制する法規がない、③国家賠償法1条1項を適用できる事案ではない、という理由による。

 ①についていえば、憲法53条後段の臨時会召集要求が行われる際に、議院が総意を取りまとめるような手順は定められていない。国会法3条では、この要求は議長を「経由して」、要求を行った議員の連名で内閣に提出される。内閣が発行する『官報』を見ても、この要求への内閣からの応答は、各議院の議長宛ではなく、要求を行った議員(代表者数名)宛てに個人名を明記して行われている(たとえば平成27年12月17日の『官報』第6679号7頁)。ここから考えると、この権利は国会議員個々人の具体的な権利と見るべきである。

 ②についていえば、国家賠償法という制度が現に存在するのに、この制度による救済をこのような論法によって塞ぐことは、今後広汎にわたる禍根を残すことになりかねない。判決は、この問題について「司法審査の対象とする必要性が高い」としているのだから、この趣旨を同法1条1項に生かす解釈を採用すべきだった。

 ③についていえば、ここで《公益の実現》と《権利の行使》を二者択一の関係に置いたところに、この判決の誤りがある。

 公務員や医師、公共交通機関の職員、法曹、教員など、公益性の高い職業にも、職務・責任の側面と同時に、その職責を自発的に果たそうとしているときに妨害を受けない権利――「職業遂行の権利」――の側面がある。国会議員もこの点では同じである。臨時会の開催や、そこでの国会議員の活動に公益性があることはたしかだが、それはこの権利の権利性を否定する理由にはならない。

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筆者

志田陽子

志田陽子(しだ・ようこ) 武蔵野美術大学 造形学部教授(憲法、芸術関連法)

武蔵野美術大学 造形学部教授(憲法、芸術関連法)。早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(法学・論文博士・早稲田大学)。「表現の自由」、文化的衝突をめぐる憲法問題を研究課題としている。また、音楽ライブ&トーク「歌でつなぐ憲法の話」など、映画、音楽、美術から憲法を考えるステージ活動を行っている。 主著『「表現の自由」の明日へ』(大月書店2018年)、『合格水準 教職のための憲法』(法律文化社2017年)、『表現者のための憲法入門』(武蔵野美術大学出版局2015年)、『あたらしい表現活動と法』(武蔵野美術大学出版局2018年)、『映画で学ぶ憲法』(編著)(法律文化社2014年)、『文化戦争と憲法理論』(法律文化社2006年、博士論文)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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