菅政権が推進する新自由主義にひそむダブルスタンダードのあさましさ
権力と巨大資本のインナーにいる者と外にある者とで正反対のロジックを適用する身勝手
斎藤貴男 ジャーナリスト
白川総裁の苦悩の末の決断
日銀がETFと、不動産市況に連動するJ-REIT(不動産投資信託)の購入を開始したのは2010年10月、民主党の菅直人政権の時代だ。長期化していたデフレからの脱却にはゼロ金利政策の復活と、それらとのセットが必要だとする白川方明総裁(当時)の、苦悩の末の決断だったという。
世界中のどの国においても、中央銀行が株式や不動産に投資する行動原理は存在しない。損失を出すリスクが伴うのと、相場に影響を与えかねないからだ。
この問題に詳しいニッセイ基礎研究所の井出真吾上席研究員に会って尋ねると、「米国のFRB(連邦準備理事会)だって、株にだけは手が出せません。中央銀行のアンタッチャブルなんです。満期がある国債や社債はともかく、株や不動産は将来、保有する者の判断で売らなければならないのですから」と言う。
いくら何でも、中央銀行が暴落の引き金を引くわけにはいかない。禁じ手には禁じ手になるだけの理由がある道理だ。
それだけに、これには当初から批判が少なくなかった。だが、白川総裁は「日銀がリスクを取って金融資産を買い入れることで市場参加者の投資姿勢を積極化させ、市場に資金を呼び込むことにつながれば」「ただ、株価や不動産価格を特定の水準に誘導することを目的とはしていない」(当時の朝日新聞インタビュー)などとして、ETFの購入に道をつけた。それから10年、今日の事態に立ち至ることになる。
“異次元緩和”でETFを買い増した黒田日銀
日銀のETF買い入れ額累計の推移を見ると、白川時代は年間数千億円単位と抑制的で、彼自身の発言を裏切るものではなかった。だが2013年3月、「大胆な金融政策」を掲げる第2次安倍政権で財務省出身の黒田東彦氏が新総裁に就任すると、様相は一変した。
消費税率が引き上げられたり、消費者物価の前年比上昇率2%の目標が達成できなかったり、チャイナ・ショック(政策変更など中国を震源とする世界金融市場の混乱)があったりと、事あるごとに黒田日銀は、“異次元緩和”の一環としてETFの買い増しを進めた。
国会で安保法制が強行採決された2015年、森友学園や加計学園をめぐる安倍首相のスキャンダルで政権批判が強まった16、17年以降の年間買い入れ額は、防衛予算並みの5~6兆円規模に膨らんだ。新型コロナの感染拡大もまた、日銀ETFのさらなる肥大化をもたらしていることは言うまでもない。

日銀 Aleksandr Stezhkin/shutterstock.com
社会問題化しなかったワケ
日銀の異常に過ぎる振る舞いは、政治的な思惑の産物でもあったと見られる。が、にもかかわらず大きな論争にもならず、社会問題化することもなかったのは、なぜか。関係筋の話を総合すると、こういうことらしい。
目下の買い入れ規模だと、日銀がETFの運用会社に支払う手数料は年間500億円ほどになる。それで利益を上げる運用会社の大半は証券系や銀行系なので、シンクタンクの多くは運命共同体であり、物を言えない。彼らを大口の広告主としているマスコミも同様だ。この国の言論空間の貧しさを物語って余りあるではないか。
ちなみに、日銀ETFを批判的に分析してきた例外的な存在であるニッセイ基礎研究所が属する日本生命グループは、大手ではあるがETFを販売していない。