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菅政権が推進する新自由主義にひそむダブルスタンダードのあさましさ

権力と巨大資本のインナーにいる者と外にある者とで正反対のロジックを適用する身勝手

斎藤貴男 ジャーナリスト

 政府は12月21日、2021年度の当初予算案を閣議決定した。一般会計総額は106兆6097億円で、9年連続で過去最大を更新する。一方で税収は落ち込んでおり、国債の新規発行額は43兆6000億円にも達するという。

 放漫財政の大義名分は「新型コロナ対策」だ。しかし実際には、敵基地攻撃能力の保有に繋がるミサイルシステム開発やステルス戦闘機の導入などに踏み切り、5兆3422億円と7年連続で過去最大を更新した防衛費をはじめ、 “マイナンバー”を中核に据えたデジタル化、宇宙開発、インフラ整備の国土強靭化等々、コロナとは関係がないか、かなり距離がある分野の膨張ばかりが目立つ。国はいくら借金をしても問題がないという、いわゆるMMT(現代金融理論)が、いつの間にか実践されつつあるかのようだ。

 他方、肝心のコロナ対策は実に心許ない。医療機関への支援はまるで不足しているし、苦境に喘ぐ中小企業にも冷淡だ。「持続化給付金」は1月15日の申請期限をもって終了。「家賃支援給付金」も打ち切られ、自粛や時短で従業員に支払う休業手当を補償する「雇用調整助成金」についてまで、上限額を引き上げる特例措置が3月には縮小されることになってしまった。

2021年度の当初予算案を決定した閣議に臨む菅義偉首相。右は麻生太郎副総理兼財務相=2020年12月21日、首相官邸

「ゾンビ企業」論が国是に

 かねて内閣官房参与や成長戦略会議の委員ら、財政制度等審議会、政府に近いシンクタンクなどが叫んできた「ゾンビ企業」論が、そのまま国是とされた感がある。中小零細企業のごときは生産性が低く、どうせ死に体同然なのだから、コロナ禍だからといって助けるなどもってのほか、この機に市場からの退出を促し、新陳代謝を図ることが国益だ、などとする、アレだ。「給付金など一種のつなぎ的措置から、生産性向上に取り組む主体への支援に軸足を移すべき」と、11月の段階で公言していたのは「財政審の榊原定征会長(東レ相談役最高顧問、前日本経団連会長)だった。

 かくして、国富も市場も、政策的に巨大資本へと集約されていく。中小零細企業はと言えば、現在もなお血税を搾り取られながら、己を神だとでも思い込み、生産性が低いと一方的に決めつけてくる政財官のトライアングル+マスコミの複合体に、「お国のために死ね」と嘲罵され、兵糧を絶たれようとしている。

菅政権で新自由主義がいっそう推進

 もちろん経済とは、「ゾンビ企業」論だけで解決できるほど簡単でも単純でもない。すでに失業者が溢れている状況で、さらに中小零細を潰しまくればどうなるか。国内の経済社会は「新陳代謝」以前の状況に陥るのが必定ではないか。

 それでも、やる。社会的弱者には徹底して酷薄な、新自由主義色の濃い2021年度予算案は、いかにも菅義偉政権らしい。なぜなら彼は、総務副大臣を務めていた小泉純一郎政権時代の上司だった竹中平蔵・元総務相(パソナグループ会長、東洋大学教授)に心酔していると伝えられるからだ。はたして首相就任後は、この学者政商とその周辺の面々をブレーンとして重用している。

パソナの内定式で講演した竹中平蔵氏=2020年10月1日、兵庫県淡路市

 階層間の格差をとめどなく拡げてきた新自由主義は、通常、規制を緩和ないし廃止して市場原理に任せれば万事うまく回る、と説く経済思想だと理解されている。ただし、現実には誰もが同じスターラインから出発できるわけではないので、規制がなければ当然、もともと恵まれた立場の者が圧勝し、そうでない者は排除される結果だけが招かれる現実は周知の通り。

 こんな、安倍晋三政権でも継続されていた、新自由主義に基づく構造改革路線は、菅政権でよりいっそう推進されていくことになる可能性が高い。

 ところが――。

市場原理と矛盾する日本銀行のETF“爆買い”

 市場原理のロジックとは対極にある「操作」が、過去10年来、とりわけ安倍政権下で重ねられてきた事実は、さほど広くは知られていない。日本銀行によるETF(Exchange Traded Funds=上場投資信託)“爆買い”のことである。

 ETFとは東証株価指数(TOPIX)や日経平均などの株価指数に連動する運用成果を目指す投資信託のことだ。過去10年にわたってETFを買い増し続けた結果、日銀の実質的な株式保有額(時価換算)がこの12月までに45兆603億円に達し、世界最大の機関投資家と呼ばれるGPIF(Government Pension Investment Fund=年金積立金管理運用独立行政法人)を抜いて、日本企業の最大株主となった(ニッセイ基礎研究所の試算による)。

 株式市場における両者のプレゼンスは凄まじく、すでに3月末の段階で、株式保有額の合計が東証全体の時価総額の12%を占めるに至り、東証1部上場企業の8割に当たる約1830社で事実上の大株主になってしまったという(朝日新聞10月23日付朝刊)から恐れ入る。

 たとえば「ユニクロ」のファーストリテイリングでは、創業社長の柳井正氏に次ぐ規模の株主になっている計算だ。

 この奇天烈きわまりない状況は、“アベノミクス”の“売り”とされた株高を演出し、それが困難な局面では株価の下支えをしてきた。要は「官製相場」で、これだけでも市場原理とは明らかに矛盾する。

 それでもGPIFによる株式投資は、安全面での課題は残るにしても、不自然だとは言えない。年金積立金の管理・運用が使命である以上、利回りの確保とリスクヘッジを図ってポートフォリオに株式投資を組み込むことは、有力な選択肢であるからだ。

 問題は日銀のほうである。その根は相当に深く、しかも今となっては方向を転換することも容易でない。“取り返しがつかない状態”に、限りなく近づいていると言っていい。

白川総裁の苦悩の末の決断

 日銀がETFと、不動産市況に連動するJ-REIT(不動産投資信託)の購入を開始したのは2010年10月、民主党の菅直人政権の時代だ。長期化していたデフレからの脱却にはゼロ金利政策の復活と、それらとのセットが必要だとする白川方明総裁(当時)の、苦悩の末の決断だったという。

 世界中のどの国においても、中央銀行が株式や不動産に投資する行動原理は存在しない。損失を出すリスクが伴うのと、相場に影響を与えかねないからだ。

 この問題に詳しいニッセイ基礎研究所の井出真吾上席研究員に会って尋ねると、「米国のFRB(連邦準備理事会)だって、株にだけは手が出せません。中央銀行のアンタッチャブルなんです。満期がある国債や社債はともかく、株や不動産は将来、保有する者の判断で売らなければならないのですから」と言う。

 いくら何でも、中央銀行が暴落の引き金を引くわけにはいかない。禁じ手には禁じ手になるだけの理由がある道理だ。

 それだけに、これには当初から批判が少なくなかった。だが、白川総裁は「日銀がリスクを取って金融資産を買い入れることで市場参加者の投資姿勢を積極化させ、市場に資金を呼び込むことにつながれば」「ただ、株価や不動産価格を特定の水準に誘導することを目的とはしていない」(当時の朝日新聞インタビュー)などとして、ETFの購入に道をつけた。それから10年、今日の事態に立ち至ることになる。

“異次元緩和”でETFを買い増した黒田日銀

 日銀のETF買い入れ額累計の推移を見ると、白川時代は年間数千億円単位と抑制的で、彼自身の発言を裏切るものではなかった。だが2013年3月、「大胆な金融政策」を掲げる第2次安倍政権で財務省出身の黒田東彦氏が新総裁に就任すると、様相は一変した。

 消費税率が引き上げられたり、消費者物価の前年比上昇率2%の目標が達成できなかったり、チャイナ・ショック(政策変更など中国を震源とする世界金融市場の混乱)があったりと、事あるごとに黒田日銀は、“異次元緩和”の一環としてETFの買い増しを進めた。

 国会で安保法制が強行採決された2015年、森友学園や加計学園をめぐる安倍首相のスキャンダルで政権批判が強まった16、17年以降の年間買い入れ額は、防衛予算並みの5~6兆円規模に膨らんだ。新型コロナの感染拡大もまた、日銀ETFのさらなる肥大化をもたらしていることは言うまでもない。

日銀 Aleksandr Stezhkin/shutterstock.com

社会問題化しなかったワケ

 日銀の異常に過ぎる振る舞いは、政治的な思惑の産物でもあったと見られる。が、にもかかわらず大きな論争にもならず、社会問題化することもなかったのは、なぜか。関係筋の話を総合すると、こういうことらしい。

 目下の買い入れ規模だと、日銀がETFの運用会社に支払う手数料は年間500億円ほどになる。それで利益を上げる運用会社の大半は証券系や銀行系なので、シンクタンクの多くは運命共同体であり、物を言えない。彼らを大口の広告主としているマスコミも同様だ。この国の言論空間の貧しさを物語って余りあるではないか。

 ちなみに、日銀ETFを批判的に分析してきた例外的な存在であるニッセイ基礎研究所が属する日本生命グループは、大手ではあるがETFを販売していない。

市場原理による「新陳代謝」がない上場企業

 しかし、中央銀行が“世界最大の機関投資家”を抜いてしまう事態になってしまえば、もういけない。

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