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国外逃亡から1年。ゴーン事件への日本の司法・日産の対応は正しかったのか

年明けから事情聴取を開始するフランス検察当局と国連人権委員会の報告の行方

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

「ゴーン事件」とは何だったのか

 ゴーン事件については、元検事、公認会計士など多くの専門家が意見を述べてきた。筆者も「論座」に2019年2月から何度か寄稿をしている。

 この事件が注目を集めた一因は、当初はゴーン元会長の単なる私利私欲の犯罪と見られた問題が、彼の強い検察への反発によって、日本全体を揺るがせたからだ。くわえて、日本を代表する企業とみられた日産が彼の退任後、経営力を著しく低下させ、親会社のルノーにまで経営の混乱が見られたからである点も、世間の興味を引いた。

 現段階でこの事件を総括すれば、以下のようになろうか。

 「基本的には、日産がどの取締役も物を言えなかったゴーン元会長を、日本の司法当局の力を借りて退治しようとしている事件。ただ、彼の逃亡により、日本での公判は主人公のいない空虚なイメージが出てしまった。
 一方、日産の動きを受けて、ルノーもフランスの司法当局に訴えたため、逃亡先のレバノンの旧宗主国でもあるフランスの司法当局が独自の捜査を進めている。また、米国籍のキャロル夫人が、米司法当局と国連人権委員会に日本政府の夫への対応が人権的に問題だと訴えたことで、日本の司法当局はこれへの対応を余儀なくされつつある事件」

 4回の逮捕のうちの1回が、ゴーン元会長のキャロル夫人からの接触を受けた米国メディアが生番組でインタビューをしようとしたタイミングと重なったことで、東京地検特捜部の逮捕の仕方へのイメージに臨場感が出たことが、米国を中心とする英語圏で話題となり、これが国連の人権委員会を動かしたであろうことも見逃せない。

 ゴーン元会長は、逃亡先のレバノンで記者会見を行ったほか、複数のメディアの単独インタビューも受けている。これは、無実を主張する彼一流のパフォーマンスでもあった。ちなみに、その際に米メディアCNNが使った「hostage justice」は、1998年に日本弁護士連合会が国連人権委員会に提出した報告書で初めて使った言葉である。

 これまでのところ、天はゴーン元会長に味方しているような印象を受ける。すなわち、ゴーン元会長は、本来ならば「too big too fail」で周囲が闇に葬るはずの人物だった。ところが、その過去からのダークな呪縛が破られても、結局、大物はいまだに経路不明の逃亡劇で日本を脱出して「自由を得た」と言わんばかりの声明を出すなど、まったく屈していない。

 この事件を人権問題と受け止めたフランスの世論を意識したマクロン大統領は、安倍首相に彼に対する公平な扱いを求めると同時に、ゴーン元会長に会っている。

 本稿の結論を先取りすれば、ゴーン事件とは、犯罪内容もさることながら、それを許した日本企業のガバナンスやコンプライアンスの弱さ、もっといえば世界に蔓延する「強い者には巻かれろ」の風潮を見せつけられるものだったのではないか。より大きな流れで見れば、日本人が基本的に信頼を置いてきた江戸時代から続く日本独特の司法と日本人の人権意識を、大きく変える可能性のある事件だと言えるのではないだろうか。

 ただし、そうなるかどうかは、日本のメディアが本来のジャーナリズムにあるべき正義をとことん追求する、言い方を変えれば、強いものに屈しないでジャーナリズムを追求できるかどうかがカギとなる。

「ゴーンに物言える役員いない」の意味

 ゴーン元会長は、日本では金融商品取引法違反、特別背任罪で起訴されている。日本の各紙の報道と、逮捕以来の日産の発表、関連した記者会見を見直してみると、この手の事件は、犯罪となるかどうかを別にして、ワンマン経営の会社には多かれ少なかれ存在するような話だ。

 つまり、大沼・元秘書室長がケリー元取締役の公判で語った「ゴーンに物言える役員いない」というのは、「ゴーンに代わる経営者いない」ということでもあり、その大物経営者を何の準備もなく取り除くと、会社の経営が危機に瀕するということを意味していたともいえる。

 日本の他の企業でみてみよう。例えば、ソフトバンクの孫正義会長や日本電産の永守 重信会長が突如、経営から去らざるを得ないような事態になれば、この両社の経営が傾くかもしれないとの仮説が成り立つのと同様である。

 ただし、日本を代表する経営者であるこの2人は、後継者選びにも力を入れてきた。特に永守会長は、本来であれば日産のトップとなる可能性を秘めた関潤・副COO(退職した当時の役職)を、日産が西川廣人CEOの後継者として内田誠CEOを選んだ直後に、後継者含みで引き抜いている。経営手腕とはこういうことを言うのだろう。

 日産の場合はどうだったのか。筆者はゴーン事件が発生した後、日産の過去10年のディスクロージャー資料を読んだが、ゴーン元会長も後継者を考えていたであろうことは、随所に見て取れた。また、彼が逮捕された当時のCEOだった西川氏は、恐らく事件がなければ、低迷していた日産の経営を立て直す力があったかもしれない。だが、彼は自分が全権を握るまで「イエスマン」に徹することができず、自らの社会人人生も壊してしまった。

拡大日産本社=2020年2月13日、横浜市西区

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筆者

酒井吉廣

酒井吉廣(さかい・よしひろ) 中部大学経営情報学部教授

1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の海外拠点考査を担当の後、信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI研究員、2002年よりCSIS非常勤研究員、2012年より青山学院大学院経済研究科講師、中国清華大学高級研究員。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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