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アメリカ復活の担い手 バイデン新大統領とは何者なのか

内外の不安定要因を抑えて自由民主主義を守るという重荷を課された老政治家の実相

三浦俊章 朝日新聞編集委員

 「アメリカは戻ってきた!(America is back!)」。

 昨年11月の大統領選で現職のトランプ氏を破ったバイデン候補は力強く宣言した。この4年間にうんざりしてきた人々は安堵した。人種やイデオロギーをめぐる対立をあおり、自国第一主義を突っ走ってきた時代はこれで終わるのだと。

 しかし、この4年間でアメリカも世界も大きく変わった。バイデン次期大統領のもとで、分裂したアメリカ社会は元に戻るのだろうか。国際協調主義は復活するのだろうか――。

 それを探るために、バイデンという政治家は何者なのか、人物像から検討してみよう。

次期大統領のジョー・バイデン氏=2019年11月2日、アイオワ州で。ランハム裕子撮影

時代遅れの存在と見られて

 昨年のアメリカ大統領選で民主党支持者たちが熱狂したのは、トランプ大統領という敵を倒したからであり、単にバイデン氏への期待や希望ではなかった。12年前にオバマ氏が当選したときとはそこが違う。あのときは、初のアフリカ系アメリカ人の大統領、47歳という若さで、聴衆を熱狂させる弁舌と、「チェンジ!」というメッセージをもって登場してきた人物に、アメリカは未来を託したのだった。

 2008年にオバマ氏がバイデン氏を副大統領候補に選んだとき、その選択は驚きをもって受け止められた。オバマ氏の熱狂的な支持者たちには、理解しがたいことだった。彼らにとってオバマの選挙は世代間革命だった。ミレニアルと呼ばれる21世紀への変わり目に成年を迎えた彼らにとっては、上院議員を30年以上も務めてワシントンの政界に浸りきった老政治家(副大統領就任時で66歳)は、時代遅れの存在と見えた。

 バイデン氏とオバマ氏を比較してみよう。

 オバマ氏は東部の名門コロンビア大卒、さらにハーバード大ロースクール(法科大学院)卒で、在学中に法律雑誌の編集長を務めた。申し分のないエリートだ。

 いっぽうのバイデン氏は地元の東部デラウェア州の州立大学卒で、ロースクールはニューヨーク州の私立大シラキュースを出ているが、卒業成績は芳しくない(85人中76番だった)。

 オバマ氏の雄弁に対して、バイデン氏は度重なる失言で有名だ。1973年以来連邦上院議員を務めているため、過去の法案への賛否を点検すると、今日の視点から見れば差別撤廃や女性の権利尊重の面で問題のある投票行動も目に付く。泥沼に陥ったイラク戦争にも賛成している。

 そんなバイデン氏を、なぜオバマ氏は副大統領に選んだのだのか。

バイデン政権は第3期オバマ政権なのか? 2008年11月にシカゴで大統領選の勝利宣言をするオバマ氏とバイデン氏=岩崎央撮影

オバマ氏とはあまりに対照的

 昨年刊行された回顧録『約束の地』(日本語訳は2月に集英社から刊行予定)で、オバマ氏はこう明かしている。

 選択肢は2人だった。ひとりはバージニア州知事のティム・ケイン氏、もうひとりがバイデン氏だ。個人的にはオバマ氏はケイン知事に親しみを感じていた。年はケイン氏が3つ年上でほぼ同世代。同じくハーバード大ロースクール卒で、ともに弁護士をしていた。

 だが、オバマ氏はあえてバイデン上院議員を選んだ。それは、自分にないものを持っていたからだという。

 バイデン氏は19歳年上で、副大統領候補になった時点で、連邦上院議員としてすでに35年の経験を積んだワシントン政治のインサイダーだった。上院司法委員会や外交委員会の委員長を務めて、内外の有力者や政治家にパイプがある。上院議員わずか4年で大統領選に挑んだオバマ氏とは年季が違う。

 慎重に言葉を選ぶオバマ氏に対して、バイデン氏は、時に口は滑るが、感情豊かな温かい人と見られていた。さらにいえば、黒人と白人との間に生まれ、ハワイやインドネシアで育った多文化主義の産物のようなオバマ氏に対して、バイデン氏は中西部の白人の労働者階級の出身で、伝統的なアメリカ社会に深く根付いた存在だ。

 バイデン氏は様々な点で自分を補ってくれるだろう。オバマ氏がそう考えたのも、無理のないことだった。そして実際、政権の8年間、大きな対立もなく、この組み合わせはうまくいったと言えよう。

トランプ打倒の役割を託されたわけ

 しかし、大統領候補となると別である。昨年春、バイデン氏が予備選の途中段階で民主党の支持を急速に集めて、同党候補の地位を固めたとき、リベラル派は失望が大きかった。

タイム誌の「今年の人」に決まったバイデン氏とハリス氏。
 なぜならば、2020年の民主党の予備選は、黒人でインド系のカマラ・ハリス氏、同性愛者のブティジェッジ氏をはじめ、史上最も多様性に満ちた候補者たちのレースだったからだ。サンダース、ウォーレン両上院議員ら左派も勢いがあった。それなのに、最後に選んだのが、よりによって白人の男性、しかも年齢は70代後半である。

 しかし、民主党がトランプ打倒の役割をこの老政治家に期待したのには理由があった。

 バイデン氏は非常に難しいふたつの課題を背負っていた。ひとつは、民主党の伝統的な支持者でありながら、前回の選挙でトランプ大統領に奪われた白人の中下層の労働者、特に男性の票を取り戻すことだ。彼らにアピールするには、多文化主義やラディカルな主張は禁物だ。

 と同時に、民主党を熱狂的に支持する若者や移民や同性愛者たちの支持をつなぎとめることも不可欠だった。中道へウイングを広げつつ、左を失わない。大統領選の結果をみる限り、この困難な課題をバイデン氏はやりとげたということだろう。

 問題は、バイデン氏がどのような大統領となるのか。穏健な中道主義者というスタンスだけで、「トランプの党」と化した共和党から譲歩を引き出せるかだ。バイデン氏の人生にカギを求めてみよう。

「人柄は良いが精彩のない凡庸な政治家」

 ほぼ20年前にワシントンでアメリカ政治を担当した私にとって、バイデン上院議員とは「たびたび失言する政治家」、あるいは「人柄は良いが精彩のない凡庸な政治家」だった。

 その場の雰囲気に流されて、学歴を偽ったり、他人の発言を剽窃(ひょうせつ)したり、あるいは、真実だが、その場では言うべきでないことを口にしたりする。気さくで愛すべき政治家だが、欠点のずいぶん多い人物で、過去に大統領選に出ようとしたこともあるが、早々に退散した。ワシントンの政界やメディアに共有されているバイデン像とは要するに、「軽量級」というイメージである。

 だが、昨年10月に刊行されたバイデン氏の最新の伝記を読むと、短所や弱みとされることの多くが、実は彼の苦難に満ちた人生と裏表の関係であることがわかる。

 筆者はシカゴ・トリビューン紙の北京特派員などを経て、現在はノンフィクションや小説を掲載する週刊誌「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターを務めるエヴァン・オスノス氏。タイトルは“Joe Biden: American Dreamer”。副題の「アメリカン・ドリーマー」は日本語に訳しにくいが、本の趣旨を踏まえて「アメリカという夢を生きる人」としておこう。

 オスノス記者は、バイデン氏本人にいくどもインタビューしたほか、オバマ前大統領、さらには民主党の他の大統領候補者たちにも取材して、彼らのバイデン観を聞いている。この伝記をもとに、何がバイデン氏という人間を作ったかをたどってみる。

BLM(黒人の命も大事だ)の運動がリベラル派を活気づかせた。ホワイトハウス周辺のデモ=2020年6月6日、ランハム裕子撮影

忍耐強い努力で吃音を克服

 1942年11月20日に東部のペンシルベニア州、かつて鉄鋼業や石炭産業で栄えた都市スクラントンに生まれた。家庭はアイルランド系のカトリックで、バイデン氏は4人兄弟の長男だった。10歳のときにデラウェア州に引っ越した。

 父親はボイラーの清掃をしたり、車の販売をしたりしていたが、仕事は安定していなかったようだ。週末になると、アイスクリームを買い、家族全員でテレビドラマを見ながら食べるのが楽しみだった。そんな家庭で育った。

 子どもの時から吃音(きつおん)に悩まされた。口を開くと、「モールス信号のようにしゃべった」と回想する。級友には馬鹿にされ、「どもりのジョー」とあだ名をつけられたときの「恐怖、恥ずかしさ、圧倒的な怒りを今でもありありと覚えている」とオスノ氏に語った。

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