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「移行期正義」という視角が教えてくれること

国際犯罪だけでなく、国内の政権移行時にも何らかの措置がとれないか

塩原俊彦 高知大学准教授

 ドナルド・トランプ大統領からジョー・バイデン大統領への政権移行期の混乱を目の当たりにするにつけて、「移行期正義」(Transitional Justice)という概念の重要性に気づかされる。この概念はもともと、圧政に苦しめられていた時代に、罰せられずに終わってしまった法の違反や人権侵害、さらに、違反行為そのものや刑罰を免れられてしまったことについて、新しい民主的国家のもとでどうすべきかという問題にかかわっている。

 ニューヨーク大学法学部のルティ・テイテルはその論文「編集ノート:グローバル化した移行期正義」(International Journal of Transitional Justice, Volume 2, Issue 1, March 2008)のなかで、「「移行期正義」とは、1991年に私が造語した表現であり、ソヴィエト崩壊と、1980年代後半のラテンアメリカの民主化への移行を受けてのことである。この用語を提案するに際して、私の目的は、過去の抑圧的な支配に続く急進的な政治的変化の時期に関連して、正義の独特の概念が自意識的に構築されていたことを説明することだった」とのべている。

 ここでは、この「移行期正義」という視角が教えてくれる政権移行に伴う諸問題について考察してみたい。そのためのヒントとなったのは、2020年10月に公表された、ロシア語の厖大な報告書「復讐と忘却の間で:ロシアにおける移行期正義の概念」である。ソ連崩壊後の地域の体制移行問題を研究対象としてきた筆者からみると、「移行経済」という概念は知っていても「移行期正義」という概念を知らない研究者が多すぎる。本当はきわめて重要な法的概念である「移行期正義」について、多くの人々に知ってもらいたい。そして、その適用範囲を広げてもたらいたい。

拡大Stratos Brilakis / Shutterstock.com

「移行期正義」とは?

 まず、「移行期正義」(Transitional Justice)とは何かについて語りたい。

 国際連合は、2004年に公表した事務総長報告「紛争・紛争後の社会における法の支配と移行期正義」のなかで、「移行期正義」を、「説明責任を確保し、正義を果たし、和解を達成するために、過去の大規模な虐待という遺産と折り合いをつけようとする社会の試みに関連したプロセスとメカニズムのすべての範囲を含んでいる」と説明している。

 これらには、国際的な関与のレベルが異なる(あるいはまったく関与しない)司法的・非司法的メカニズムおよび、個別の起訴、賠償、真実の探求、制度改革、審査と解任、あるいはそれらの組み合わせが含まれるかもしれないと指摘している。

 なお、ここで国連がいう「正義」は、「権利の保護・擁護、過ちの防止・処罰における説明責任と公正さの理想」と定義されている。別言すると、「正義が意味しているのは、被告人の権利、被害者の利益、社会全体の幸福を尊重するということだ」としている。

 いずれにしても、「移行期正義」を司法制度に関連づけて理解しようとしているのだ。

 他方で、洪恵子著「移行期の正義(Transitional Justice)と国際刑事裁判」によれば、冷戦後、国際社会の関心が暴力や人権侵害が再び繰り返されないような社会への脱皮を支援するというかたちで変化しており、こうした社会の変化という方向性を強調しているのが「移行期の正義」という概念である、という。

 洪は、「現在では、移行期の正義とは、旧政権時代に行われたことに対して新生の民主的政権がどのように対応すべきか、換言すれば法の支配を確立し、人権が尊重される社会を作るための様々なメカニズム(または道具[tool])を示し、またそれらに関する議論の枠組みを意味している」とのべている。

 洪の場合、「移行期の正義」を司法制度だけでなく、政治的な関係をも含んだかたちで論じようとしているようにみえる。こうした概念を移行期正義に適用すると、その関心はもっぱら中南米や東欧での独裁政権とその崩壊後における移行にあてられている。その典型が国連大学出版部によって2012年に刊行された『圧制の後で:中南米と東欧における移行期の正義)』(After Oppression: Transitional Justice in Latin America and Eastern Europe)であろう。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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